アラバマ州

田園地帯と先端科学の同居する州

南北戦争が始まる前から、南部同盟の首都は、モンゴメリー市に決まっていた。このことからわかるように、当時のアラバマ州は、ヨーロッパへ大量に輸出されて巨大な利益をあげていた、コットン産業の中心的な存在だったのだ。そのことがかえって、南北戦争後の復興の大きなハンディキャップになってしまったようだ。以来、アラバマ州はアメリカ五十州の中でも、開発が遅れた州のひとつとされてきたのだ。

しかし、1900年代の中頃、テネシー州からアラバマ州の北側を通り、ミシシッピー川へ流れ込むテネシー川の流域でTVA、テネシー・バレー・オーソリティという巨大な電力プロジェクトが開始され、アラバマ州にも数多くのダムがつくられた。そのため、水力発電で大量の電力が供給去れるようになり、アラバマ州の再開発も始まったのだ。

TVAで作られた巨大な湖は、全米から水上スポーツやつりなどをやりにくる人で賑わい、また、アラバマ川河口の都市モービルは、メキシコ湾に面したリゾートとして人気がある。

未来都市ハンツビル

始めてハンツビルへ行く飛行機の中、隣り合わせた人が私に、「ハンツビルは小さな、眠くなるような町ですよ」と言うのだ。しかし実際のハンツビルは、眠くなるなど冗談ではない。急激に発展する都市に追い付けない道路はほとんど工事中、地元の友人、バービーさんは、渋滞の中、裏道へ入ったり、高速道路を迂回したり、Uターンしたりと、それほど遠くないはずのホテルまで必死に送り届けてくれたのだ。まさに町中てんやわんやという感じだ。

マーシャル・スペース・フライト・センターは、豊富な電力が使える立地条件の下、1960年に設立された。初代の所長はロケット工学で有名なフォン・ブラウン博士。1969年に人類最初の月面着陸をなしとげたアポロ計画や、その後のスペース・シャトル、スカイラボ、スペース・ステーションなどの研究をしているNASAの最重要研究所の一つになっている。お目当てのスペース・センターはそのセンターに隣接していて、もともと一般の人にNASAの活動を公開する目的で建てられたものなのだ。

「ザ・スペース・アンド・ロケット・センター」の向こう側に、さまざまなロケットが展示してある、センターのミュージアムがあった。以前別のスペース・センターなどでも見たことがあったせいか、その中で私が一番興味を持ったのは、ロケットではなく、私のキャンピングカーと全く同じ年式の「エアストリーム」だった。それは、アポロの宇宙飛行士が、月から戻ってきた時、「検疫」の期間中寝起きした場所なのだというのだ。

実はここへやってきた本当の目的は、ミュージアムではなく、「スペース・キャンプ」の「トレーニング・センター」を見学することだったのだ。世界中からやってくる小学生から高校生に宇宙飛行士になるための基礎訓練や授業などを行う所で、「USスペース・キャンプ」というのが正式な名前だ。ミュージアムの見学コースの途中でも訓練風景を見ることができるようになっていた。

ここで最初に目についたのは、無重力状態で作業する訓練だった。体を固定し、宇宙空間に浮いているようにしていろいろな作業をするのだ。すべってころんだり、さかさまになってしまう状態でも、真剣な顔でとりくんでいた。ほかに、水の中で無重力状態を作った訓練や、スペース・シャトルの操縦訓練などもあり、ここを終了すれば本当に宇宙飛行士になれるのではないかと思えるほど本格的な訓練が行われていたのだ。

また、キャンプに参加している子供達の宿泊施設「ハビタ」の中も見せてもらった。それぞれのキャビンは、将来の宇宙ステーションのイメージで設計されており、ここは、アメリカの子供達の憧れの的になっている。

日本にも同様の施設が開設されたと聞く。世界各国にもさらに出来れば、我々人類には「地球人」といった連帯感が生まれると思う。

スペースセンターに展示してあるスペース・シャトル

1969年に月面着陸したときの衣装

スペース・キャンプは、実物と同じスペース・シャトルを使って、宇宙飛行士になるための基礎的な訓練が行われていた。この内の何人かは、実際、宇宙飛行士になって宇宙へ飛びだす可能性もあるのだ。

アポロの月面着陸20周年を記念したミュージアムには、私のものと同じキャンピングカーも展示されていた。

ミュージアムの20周年の展示。

私のと同じキャンピングカー「エアストリーム」を宇宙飛行士も使っていた。

スペース・キャンプの訓練風景。無重力状態の訓練の機械と、コンピュータを使った操縦訓練のコントロール・パネルなど。さまざまな訓練設備は本物のNASA顔負けだ。

無重力状態の宇宙空間で機械を扱うための訓練。

この子たちも宇宙服に身をかため、真剣な顔付きで訓練を受けていた。

スペース・キャンプの基礎はまず自分でロケットを作ることから始まるようだ。

スペース・キャンプの授業は、堅苦しい教室ではなく、インストラクターの先生を囲むようにして行われていた。

スペース・キャンプでは、実際に宇宙へ行った時のことを想定して、「ハビタ」という未来の宿泊設備で生活するのだ。子供たちもこのキャンプに滞在している間は、地球の日常生活から飛び出して、貴重な経験をするようだ。

スペース・キャンプの「ハビタ」Habitatの中の「未来のベッド・ルーム」は、宇宙船をイメージした設計になっている。

アラバマが1819年に州に昇格するための会議が行われたところ。現在「コンスティテューション・パーク」になっている。「過去のベッドルーム」。

過去と未来の同居する町、ハンツビルの過去の生活を保存してる「コンスティテューション・パーク」。

宇宙開発を強力に進めているハンツビルの人々はまた、過去の姿も大切に保存している。当時の台所なども、実際に使いながら保存しているのだ。

1800年始め頃、まだ南北戦争を戦う前のアラバマ州の人々の生活が残る「コンスティテューション・パーク」。

このバーリット・ミュージアムでも、絵画や歴史的な遺品、インディアンの芸術品などが展示されている。外庭には、ログ・キャビンなども当時の家具調度品とともに保存されていた。スペース・アンド・ロケット・センターのミュージアムで、宇宙開発の展示を見た後、このミュージアムを訪ねると、人類の歴史を感じさせられる。

ハンツビルのダウンタウン。テネシー川の総合開発、TVAのダムの発電所、そして宇宙開発の研究所ができて、急激に近代化が進んでいる都市だ。NASAのマーシャル・スペース・フライト・センターの他に、日本の筑波のような研究学園都市なども郊外に作られている。

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