ミシシッピー州

ディープ・サウスの中でも一番開発が遅れている州と評判だが

周囲の州に比べて、ミシシッピー州は工業化がかなり遅れていて、州民の平均所得も極端に低い州という評判が定着してしまっている。こんなミシシッピーだが、かえってその後進性が古き良き時代のアメリカを多く残すことになり、ミシシッピーにノスタルジーを求めてやってくる観光客も多いのだ。

私がアメリカを旅するようになった最初の頃は、メキシコ湾に面したビーチ・リゾート地方を何度か訪ねた。その時は、メキシコ湾に面した他の州と、それほど違いを感じていなかった。南北戦争の始まる前にはこの州にも広大なコットンのプランテーションが多く見られたようだが、北軍に破れてからは、コットンの生産がしだいに減少し、変わって大豆の生産が他の農産物にまして増え、後は家畜や林業、そして最近では石油や天然ガスの生産というようにミシシッピー州も変わってきているようだ。

ミシシッピー川に面した町、ナッチェズの町を訪ねてみた。この町は、ミシシッピー川の上にできた町で、ミシシッピー川の河川交通の中継点の町として古くから栄えていて、広大な農産物を産するプランテーションも多くあったようだ。

ミシシッピー川河畔の町、ナッチェズ

「ミシシッピー州に行ったらぜひナッチェズへ行きなさい。できれば、毎年春と秋に30軒ものプランテーション・ホームを特別に公開してくれる「ピルグリメイジ」というお祭りの時が一番いいのです」と、ニューオリンズ郊外のプランテーション・ホーム「テズクコ」の奥さんから何度も聞かされていた。

しかし、残念ながら私がナッチェズを始めて訪ねたのは夏だった。それでも一年中一般公開されているプランテーション・ホームが一五軒以上もあり、おまけにちょうどこの時、この町でロディオ大会が開かれていたのだ。ホテルは、ミシシッピー川を見渡す丘の上、ダウンタウンの真ん中にある「イオラ・ホテル」だった。ダウンタウンの街並みは1920年代、1930年代から全く手が入れられていない古ぼけたもので、ホテルもどんな所かと心配になってきた。評判に聞いていた泊まることのできるプランテーション・ホームの方に宿をとれば良かったと、ちょっと残念に思いながらもホテルの前に車をつけた。

ところが、このホテルが最近全面的な改装を終えた所で、建築当時のデザインを生かした1920〜30年代の建築ともいえるし、また最近流行のポスト・モダンといった感じもするごきげんなホテルだったのだ。ホテルのオーナーもロビーまで出迎えてくれて、古ぼけたホテルだったものを最近買い取り、歴史の町なのだから歴史を生かそうと、ホテルが建築された当時の時代考証をほどこして、だれにでも自慢できるものに仕上げたのだという。ナッチェズは1800年代のだけの歴史の町かと思っていたのに、1920年代、30年代の歴史にも接することができて、何かひとつ得をしたような気分だった。

真っ先に訪ねたプランテーション・ホームは、「マンモス」という一般に公開され、ホテルのように宿泊もできるようになっている所だった。1818年に建てられたこの建物は、正面に太いギリシャ風の柱がある典型的なアンテベリアム・プランテーション・ホームだった。本当はここに泊まりたかったのだ。玄関を入った広いロビーを抜けた裏庭の方は、スペイン風の噴水のあるテラスになっていて、このテラスを囲むように部屋が十以上もある。これらは当時この館に住んでいた家族の個室だった。大きな天蓋付きのベッドが寝室の中央に、控えの部屋には、ビクトリヤ調の家具が、という具合に、当時のナッチェズの人々がその当時ヨーロッパで流行していた文化にあこがれていた様子を物語っていた。このホテルは、当時一泊二人で100〜200ドル位だったと思う。「新婚旅行の時に是非どうぞ」とホテルの人。天井が高く広いスウィート・ルーム、おまけに天蓋付きの大きなベッドに、新婚旅行でもなく、ナッチェズを取材に来ている男がたった一人で泊まるなんて場違いのようだ。宿をイオラ・ホテルに決めてくれた地元の観光局の人に感謝。

ホテルへ戻り部屋でシャワーを浴びてから、最上階のペント・ハウスにあるバーに夕食前のカクテルを飲みに行った。ミシシッピー川の向こうに沈む夕日を見ながら、時間がゆっくり進むディープ・サウスの夕暮れを楽しんでいると、「ボー・ボー」という汽笛が聞こえてきた。そうだ、今日あたりミシシッピー川の河口の町、ニューオリンズで出会った外輪船がこのナッチェズに到着する頃なのだ。

ニューオリンズからシンシナティーへ、ミシシッピー川を逆上って行く途中の外輪船。

イオラ・ホテルのペントハウスになっているバーで、ミシシッピーに落ちる夕日をのんびり眺めながらディープサウスの時の流れを感じている時、ミシシッピー川河畔の船着き場から外輪船「ミシシッピー・クィーン」の汽笛が聞こえてきた。アメリカ大陸を南北に貫くミシシッピー川の歴史を感じるすばらしい夕方だった。この時のバーボンの味もまた格別だった。

一般公開されているマンモス・プランテーション・ホーム。

マンモス・プランテーション・ホームは、ホテルになっているのだ。

ナッチェズではこんなガソリン・スタンドを見つけた。それでも時代の最先端をいくコンビニエンス・ストアーになっていたのだ。

ナッチェズ・トレイスの案内標識。次の宿場までの距離も表示されていて、昔の旅人も安心だったようだ。

ナッチェズの丘の上から、川岸のナッチェズ・アンダー・ザ・ヒルへ行って食べたキャットフィッシュ、ナマズ料理だ。

1920年か1930年代から全く変わらない様子のナッチェズの町だった。ダウンタウンの床屋さん。

この町、このイオラ・ホテルにピッタリの1937年製のオーバーンで、市内観光に誘われてしまった。ホテルの前にこの車が止まっていると、本当に当時の世界へ戻ってしまったような気分だった。

オーバーンのオーポウン・カーで町を走っていると、更に気持ち良さそうに風を切りながら隣を走るバイクが眼にとまった。

ちょうどナッチェズの町は、高校生のロディオ大会の真っ最中だった。ポール・ベンディングに参加した女子高校生。

≪≪前へ  目次  次へ≫≫