オクラホマ州

 オクラホマとは、チェロキー・インディアンの言葉で「赤い人々」という意味。「赤い人々」とは、つまりインディアンのことだ。このことからもわかるように、オクラホマ州とインディアン達の歴史はきってもきれないもの。現在でも、65種族合計12万5千人のインディアンの人々が生活している。1834年アメリカ政府は、ミシシッピー川より東に住むインディアンの五部族、クリークス、チョクトー、チカソー、セミノールの6万人を越える人々を、当時完全な不毛地帯だったこのオクラホマへ強制的に移動させることにした。チェロキー族は、この強制移動中、4千人を越える死者を出すことになり、彼等の通った道は「涙の街道」と呼ばれている。

 その後、この土地はインディアン達の居留地となっていたが、1889年、白人達にも解放されることになった。この時、解放される前にこの土地の先取権を取ってしまおうという人々が押しかけ、土地を占拠してしまうという事件がおこったのだ。この事件があったことからオクラホマ州には、早い者勝ちという意味で、「スーナー・ステイト」というニックネームがつけられた。

 20世紀に入り油田が発見され、開発ブームに沸いたオクラホマは、その後起こった大干ばつにも負けず、オイル・パワーの州としてその地位を守っている。

石油の町へ変身、オクラホマシティー

 1889年4月22日、先取権を取ろうと、突然押し寄せて来た人々一万人により一晩で作られた町、オクラホマシティー。地元の人にとってその夜の事は、現在でも語り草になっているようで、訪れる人をつかまえては、これ以上の早さでできた町はないと、自慢話をしている。

 このような伝統を持つせいか、オクラホマシティーの町は、いつ何時大勢の人がおしよせても大丈夫なように、大きめの都市計画がされているようだ。町全体が良く言えばゆったり、悪く言えばガランとした雰囲気なのだ。一夜にして何万人の人が訪れるという可能性がほとんどない現在では、この町が一杯になるのは、100年から200年の年月がかかりそうだ。

 オクラホマシティーで最初にたずねたのは州議事堂。わたしはいつでも、州議事堂を撮影する場合には、最初に正面の全景写真を撮ることにしているのだが、ここの建物は、どのアングルをみても、どうしても画面のなかに邪魔なものが入ってしまう。

 実はある日、州議事堂の真下から石油が出てしまったのだ。建物の真ん中に石油の井戸を掘るわけにもいかず、仕方がないので議事堂の真正面を掘ることに。カメラのレンズに入ってくる、「議事堂とその前にどんと構える石油の櫓」という絵柄は、考えようによっては、石油の州、オクラホマのシンボルとも言うべきものだった。

 この町では、個人で石油の井戸を持っている人も多く、金銭的にも裕福なせいか、住宅も大きなものが目立った。グレートプレーンズと呼ばれる大平原のなかにあるため、一年中強風に悩まされる土地柄、亀のようなズングリとした、この土地独特の大きな屋根を持つ家が点々と続いているのだ。

 オクラホマシティーに次ぐ第二の都市、タルサも、石油産業の都市だが、この町の特徴は、その利益を文化産業に投資しているということ。タルサの町の名所リストを見ても、軒並み××美術館とか、××博物館といったものがズラリとならんでいる。そしてここは、最新技術を駆使した、航空機産業が発達していることでも有名だ。

 アメリカでは郵便制度の略号で、州の名前をアルファベット二文字で現すようになっていて、オクラホマ州の場合は、「OK」と表現される。

 石油の産出によって経済基盤もしっかりしているオクラホマ州では、何の不安材料もない。そこでより多くの企業、または人々にこの土地に来てほしいと、「オクラホマ・イズ・オーケー」を合い言葉に、出会う人ごとにこの州のPRに努めているようだ。

油田開発ブームが始まる前のオクラホマ州では、このようなやせた赤土の畑を耕して農業をするだけが主な産業だった。

オクラホマ州は、20世紀に入って油田が発見され様子が一変した。市街化が追いつかない所にも石油の櫓だけはたっている。

産油州のシンボル。オクラホマ州の州都、オクラホマシティーの州議事堂の正面にも石油の櫓がたっている。州議事堂の真下に石油の鉱脈があるので、本来なら州議事堂のドームの変わりに石油の櫓をつくりたいところだったが、それはできないので無理をして正面に櫓をつくったのだ。

石油産業で経済的には潤っているが、オクラホマの自然はとても厳しい。北のノースダコタから南のテキサスまで、さえぎるものがまったくない所なのだ。そのため、強風にさらされることも多く、乾燥した赤土が続く。そのため住宅は、このように屋根を大きくするのが一般的だ。

州第二の都市タルサも石油都市。その収益の多くは文化事業に当てられる。

タルサのワールド・ミュージアムは、車の歴史博物館。

オクラホマシティーは、ゆったりした都市計画をしていることで知られている。ユニークなのは、「メトロ・コンコース」と呼ばれる、20ブロック四方の巨大な地下商店街だ。

オクラホマシティーにある、「ナショナル・カウボーイ・ホール・オブ・フェイム・アンド・ヘリティジ・センター」。バッファロー・ビルにちなんだものや、ジョン・ウェインがコレクションしていた銃やナイフも展示されている。

カウボーイの殿堂のシンボルは、やはりバッファロー・ビルの彫刻だ。

オクラホマシティーは、いまでもカウボーイの町。コーヒーショップで。

敷地にはまだまだ余裕がある、オクラホマシティーの住宅地。

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