「世界最大の小都市」リノ

 シエラネバダ山脈越えの人々のための、キャンプの町だったリノが、現在のようなギャンブル都市に発展するきっかけをつくったのは、1800年代中頃に郊外のバージニアシティーで発見された、銀の「コムストック」鉱脈だ。その後、すぐ近くのカーソンシティーが州都になったこともあり、一気に発展を遂げることになったのだ。

 1930年、6ケ月の滞在が必要だった離婚手続きが、ネバダ州で六週間に短縮された後、「離婚の町」として一躍有名になったが、現在はその呼び名を返上しようと、さまざまなイメージ・アップ作戦を展開しているようだ。

 ネバダ州では、ギャンブルのことを「ゲーミング」と呼ぶ。そしてリノの町には、ギャンブルのやり方を教えてくれる、「ゲーミング・アカデミー」という学校まであるのだ。本物のカジノでの撮影は難しいので、こちらの写真で我慢しようという程度、あまり期待しないで出かけたのだが・・・。

 まず最初はカジノでのゲームのやり方の基礎を徹底的に教えてくれる。そして次ぎが実際に勝つ方法だ。使っている道具も本物、ディーラーもプロ、ただお金をかけていないというだけで、あとはまったく本物のカジノと一緒。まるで実際にやっているような緊張感まで感じられる。ここで学んで本当に勝てるのなら、私もぜひ一度通ってみたいと思ったほどだった。

 ギャンブルやショーだけでは退屈してしまうという人のために、あるカジノのオーナーが、1948年に始めた自動車の博物館がある。1911年型フォードと、マックスウェルという二台の車から始めたというこの「ハラーズ・オートモービル・コレクション」とい博物館は現在、アンティーク・カー、クラシック・カー、ビンテージ・カーのコレクションが千台以上という立派なもので、展示してある自動車は、全て修理が施され、実際に使える状態にしてあるのが自慢だ。

 もう一つ、「リノのエアレース」として知られるのが、アンティークやクラシックの飛行機などを集めて行われる、「ナショナル・チャンピオンシップ・エア・レース」。夏の観光シーズンが終わった九月に催されるこのレースは、さまざまな種類の飛行機が決められたコースをどれだけ速く飛べるかというレースや、アクロバット飛行のアトラクションなどが三日間に渡って行われる。

 郊外の砂漠にある飛行場なので、いくら大きな音をたてても苦情は来ないし、万が一の事故の時でも住民の被害の心配がないという、砂漠ならではの利点もある。住民も観光客も一緒に楽しめる、一年に一度のお祭りなのだ。リノの目抜き通り、バージニア・ストリートには、「ザ・ビッゲスト・リトル・シティー・イン・ザ・ワールド」という、わけのわからない表示がある。いったいどういう意味なのかと、地元の人に聞いて見ると、「もちろんラスベガスに負けないような都市になりたいとは思うが、あのような大都市になると、それぞれ個人になどかまっていられなくなってしまう。一人一人を大事にするように、大都市の弊害のない小都市の良さをいつまでも持ち続けたいという気持ちの現れ」だとのこと。なるほどリノは、なんとなく人々のぬくもりが感じられるような町だ。

リノ郊外のスパークスにある、18ホールのワイルド・クリーク・ゴルフ場。リノの町はまるでこのゴルフ場を拡大したようなものだ。周囲を砂漠に囲まれ、真ん中に人工的に作られた建物が林立しているのだ。

リノの目抜き通りはバージニア・ストリート。ダウンタウンのカジノが集中している所に、「ザ・ビッゲスト・リトル・シティー・イン・ザ・ワールド」という表示がある。ここもライバルのラスベガス同様、ネオンまたたく不夜城だ。

サザン・パシフィック鉄道の町として誕生したリノ。農業や牧畜、林業を中心にしていたが、近くのバージニア・シティーで大量の銀が産出されるようになって、都市として築かれた。その後、銀の産出が減り、さびれた時期もあったが、1931年のギャンブル解禁のお陰で、見事観光都市として復活した。

リノの目抜き通り、バージニア・ストリートの昼間の風景。

カジノを持っているホテルでは、ショーのプログラムが組まれているところが多い。

大掛かりな出し物になると、総勢200人以上のスタッフが集まってくることもあるという。たいてい一晩にディナー・ショーとその後の深夜のカクテル・ショーをこなす。

「リノ/タホ・ゲーミング・アカデミー」という学校では、リノを訪れる観光客のために、ギャンブルの初歩からの楽しみ方を、実際のカジノと同じ道具で実践をまじえて教えてくれる。これはルーレット・テーブル。

クラップスという、サイコロをつかったゲーム。ゲーミング・アカデミーでのレッスンのひとこま。

スロット・マシーンに次いで人気のあるゲーム、ブラック・ジャック。ゲーミング・アカデミーのレッスン。

コインをどんどん吸い込んでいってしまうスロット・マシーン。その秘密を少し公開してもらう。ゲーミング・アカデミーで。

1874年創立のネバダ大学リノ分校。女子学生の自活組織、「ソラリティー・ハウス」の学生寮。

総合大学のネバダ大学。鉱山学科があることでも有名だ。

リノから州都カーソンシティーへ向かう国道395線にはこんな車も走っている。これもユニークな州法のお陰?

ネバダ大学のソラリティー・ハウスの中を見せてもらった。「カッパ・アルファ・シータ」と呼ばれるこの寮には、厳しい審査を通った28人の学生が生活している。

リノの目抜き通り、バージニア・ストリートの金曜日の夜。ボーイフレンドやガールフレンドを求める若い男女が、この道をゆっくりパレードするのだ。

「クルージング」と呼ばれる金曜日のパレードには、町中の若者が参加しているのではないかと思うほどの盛り上がり。クルージングでパートナーを見つけ、そのまま砂漠へドライブというところか。

毎年9月中旬に、3日間にわたってに行われる「リノ・ナショナル・チャンピオンシップ・エア・レース」。リノの北郊15キロのところにある飛行場で行われるこのイベントではフォーミュラ・ワン、AT-6、スポーツ2枚羽根、アンリミテッドといったクラスごとに、スピードを競ったり、アクロバット飛行のショーを見せてくれる。

ピット内では、レースに参加する準備が着々と行われていた。

第二次世界大戦当時の飛行機も、編隊を組んでショーに参加。

第一次世界大戦当時活躍した、2枚羽根の飛行機も、このレースでは立派な現役。

未来の飛行機を思わせる、超小型飛行機のレースも行われる。

カジノのオーナーが、2台の車をコレクションしたことから始まった、「ハラーズ・オートモービル・コレクション」。現在、1894年からの世界中の歴史的な名車が1,000台以上展示されている。ただのコレクションではなく、可能な限り新品同様に修理されているのが自慢だ。

リノに来たら一度は訪ねてみたい、歴史博物館。

アメリカ人にとって最も身近な歴史が自動車の歴史かもしれない。

アンティーク・カーの中でも、名車の一つに数えられる、1917年のメーサー。

デューセンバーグ。1927年当時6,850ドルの名車。

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