ロッキー山脈のスキー・リゾートとコロラドの砂漠

 スキー・リゾートとしてあまりにも有名なロッキー山脈。その代表が、コロラド州のアスペンとベイルの町だ。最近は、夏でもコンサートやサマースクールなどが開かれ、一年を通したリゾートとしてその地位を不動のものとしているようだが、やはりロッキーを訪れるなら冬、スポーツはスキーに限るというのが私の本音だ。

 一度滑ったら、他の所では滑る気がしないといわれるほど素晴らしいスキー場を持つアスペンとベイル。今回は20年ぶりにベイルのスキー場でスキーを楽しむことにした。

 スイスの町並を思わせるベイル・スキー場は、周りの建物こそ増えたが、昔とちっとも変わっていない。初めてこのスキー場を訪れた時の感激、余りの滑り心地の良さに調子に乗ってゴンドラの終点まで上ってしまったものだから、下る途中で妻がギブ・アップ。日没間近になって戦車のようなパトロール隊に拾われ、やっとの思いで下山したことなどがいろいろ思い出されてしまう。相変わらずのパウダー・スノーを思う存分楽しむことができたのだ。

 雪のロッキー山脈を下れば、麓は乾いた砂漠地帯、というのがコロラドのおもしろい所。山脈の麓にあたるコロラド南部には、国定公園の「グレート・サンデューン」、南西部には世にも奇妙なインディアンの住居、クリフ・ドウエリングという横穴式住居がある。

 この横穴式住居は、私がこれまでに見た中では一番大きな建物で、プエブロのように集合住宅になっていて、インディアンのアパートなのだが、この住居の特に変わっているところはその立地条件。なんと崖の中腹に建てられているのだ。崖の真ん中の窪みに作られているこの住宅は、外敵の侵入を防ぐために作られたもの。敵は戦う前に、まず命懸けで崖をよじ登ってこなければならないし、また戦いの後も、命懸けで降りなければならないのだ。

 住んでいる人はさぞかし不便だったのだろうと思ったのだが、どうもこの住居から外に出る人は、ごく一部の人だけだったらしい。狩猟、農業と、それぞれ専門の人がいて、外界にでるのはその人達だけなのだ。当時は、崖の中腹のこの住居から一歩も出ることなしに一生を終える人がたくさんいたのかもしれない。

 周辺での部族同志の戦いも落ち着いてきた後期には、崖の上の生活から地上へ降りて暮らし始めたらしいが、この広大なコロラドで、わざわざ、常軌を逸したとしか思えないようなところで人々が暮らした時代があったのだ。

1960年代に開発された、比較的新しいスキー・リゾート、ベイル。デンバー市内から車で2時間程という地の利もあって、アメリカを代表するスキー・リゾートに成長した。

最初からスキー場を意識した町造りが行われているので、リゾート・マンションが数多く建てられている。なんとなくヨーロッパのアルプスの雰囲気を感じさせてくれる。

デンバーから、高速道路インターステイト70号線で約2時間、そこはスイスの町だ。

ベイルの町の建物は、他の建物との調和を保つように建てられなければならない。山小屋風の建物。

ベイル・スキー場の人気は、スノーボード。

標高2000メートルを越えるベイルの町からさらに、1000メートルも登った所からいっきに滑るダウン・ヒル・コース。最高のパウダー・スノーだ。

スキー・スクールに参加した子供達。雪質も最高、インストラクターも一流揃いだ。

ホワイト・リバー国有林の中に作られている、一流のスキー・コース。

アスペン・スキー場の近くで、古い牧場を利用して、夏の間サマー・スクールが開校される。

アスペン・スキー場は、スキーだけでなく、アフタースキーの設備も完璧だ。

頂上に雪のあるロッキー山脈からコロラド川の方へ下ってくると、こんどは巨大な砂の山だ。グレート・サンド・デューン国定公園に指定されている、西半球一高い砂丘。

ロッキー山脈の麓の平地に突然現れる、高さ200メートルあまりの砂丘。この砂丘4WDの車で案内してくれるツアーもあると聞いたが、せっかくなら時間をかけて楽しんで見ようと、歩いて近づいてみた。

砂の表面には、風の向き、強さなどによって様々な風紋が作り出されるようだ。良く見ると、夜間に動いたと思われる小動物の足跡もあった。

砂の表面は、太陽の角度や強さによってもさまざまな表情を見せてくれる。西の空に太陽が傾くに連れ、それぞれの丘が大きな山のように見えてきた。

砂丘の尾根に向かって柔らかい風が吹き始めると、砂が少しずつ移動を始める。カメラのレンズが砂でがりがり言い出すのもお構いなしにシャッターを押し続けた。

夕日が黄金色に輝き出す頃、小高い丘に上がって見ると、砂丘の表面はまるで女性の体のような優雅な曲線を見せてくれていた。

コロラド州の南西の角は、アリゾナ州の所でもふれたフォー・コーナーだが、そのフォー・コーナーの近くには「メサ・ベルデ国立公園」がある。

メサ・ベルデに500年以上前のクリフ・ドウェリングが残されていた。住んでいたのは、プエブロ・インディアンの仲間。

プエブロ・インディアンの生活の様子を残す、メサ・ベルデ国立公園。

500メートルある崖の途中にある、メサ・ベルデ国立公園の中で最大のクリフ・ドウェリングはこの「クリフ・パレス・ルイン」。崖の途中に開いていた横穴を利用して作られたもの。外敵から一族の安全を守るため、8世紀にわたって住んでいたといわれている。今から500年位前までここにいたのだ。

≪≪前へ  目次  次へ≫≫