西部劇の世界ツーソン、ツームストーン

 アリゾナ州といって連想するのは、やはりサボテンの荒野。フェニックスあたりも以前はあたり一面サボテンにおおわれていたが、最近では急激な開発のため、かなり数も減ってきているようだ。

 サボテンを求めてフェニックスから南下、ツーソンまでやってきた。さすがにこのあたりまでくるとまわりはサボテン一色だ。もう少しこの景色を楽しもうと、この日はこの町で観光客に牧場体験をさせてくれる、「デュード・ランチ」と呼ばれるタンケ・ベルデ牧場に宿をとることにした。

 翌朝は「ブレックファースト・ライド」に参加するために早起き。大きなスワラ・カクタスと呼ばれるサボテンに囲まれたサボテン林を馬に乗って散歩するのだ。周りの景色もさる事ながら、参加者達もすっかり西部開拓者きどりだ。ほとんど全員がジーンズにカウボーイ・ハットというファッションで、朝食はもちろん野外でパンケーキだ。

 朝食後、カウボーイの気分のままにウィリアム・ホールデン主演のコロンビア映画「アリゾナ」のセットがそのまま残されているテーマパーク、「オールド・ツーソン」へ出かけた。映画のセットというよりは、まるで古い西部の町をそのまま保存してあるような精巧な町並みだが、どこへカメラをむけてシャッターを押しても絵になるところを見ると、なるほど映画撮影用のセットだというのがわかる。

 それでは本物の西部の町は残っていないかと探して見つけたのが、ツームストーンという町。1880年代の終り頃、大量の銀が産出され急激に発展したこの町は、一獲千金を求めてやってくる無法者たちの溜まり場となった。そのうえ、銀を狙うアパッチ・インディアン達の襲撃もあとをたたず、かなりの命が失われた。まるで「墓石」の役目にしかならない鉱山だと言うことでついたのが、このツームストーンという名前なのだ。

 馬に乗ったカウボーイが町を通る変わりに、観光客のタクシーが通り抜けてはいるが、まるで西部開拓時代から時計がとまっているようなこの町は、西部の町を時間するには十分の所。そしてこの町は「OK牧場の決闘」で安官ワイアット・アープとクラントンらが決闘した「OKコラル」が今でも残されている所でもある。牧場というからには、さぞかし広いところでの決闘だったのだろうといってみると、コラルとは、家畜を入れておく狭い囲みのこと。どうも映画を日本に持ってきた時に、コラルを牧場と誤訳してしまったらしいのだ。

フェニックスに次ぐ、アリゾナ第2の都市、ツーソンは、メキシコとの国境まであと100キロのところにある。メキシコ伝わっていたスペイン文化の影響を強く受けてきた都市だ。

「ミッション・ロード」と呼ばれるスペイン系の教会が建ち並ぶ街道に残されていた、サンザビエル・ミッション。インディアンの人々にカトリックの布教をしていた。

サンザビエル・インディアン・レザベーションのサンザビエル・ミッションの建築群は、アメリカのスペイン系ミッション建築の代表的な建物。また、敷地内のサボテンも、様々な種類のものがある。

メキシコの国境に近いツーソンあたりまでくると、SagaroCactusと書いて、スペイン語読みの「スワロ・カクタス」と呼ばれるサボテンがいたるところで見られる。デュード・ランチと呼ばれる観光牧場では、このサボテンの森を散歩する早朝乗馬が人気の的。

デュード・ランチには、今でも西部開拓時代そのままのカウボーイがいる。カウボーイの先導でサボテンの森の中、ウェスタン・スタイルの乗馬を楽しむ。

早朝乗馬で汗を流した後は、幌馬車スタイルの「チャック・ワゴン」式のパンケーキ・ブレックファースト。タンケ・ベルデ牧場にて。

映画「アリゾナ」の撮影用に、1939年に建てられた、「オールド・ツーソン」。もともとは映画のセットだったが、撮影が終わった後、西部劇をテーマとしたテーマパークになった。1800年代中頃のアメリカ西部の町が、コロンビア映画美術部の見事な腕前で再現されている。百貨店「ジェネラル・ストアー」から店先をいく駅馬車が見える。

「アリゾナ」の他にも、ジョン・ウェイン主演の『リオ・ブラボー』や「エルドラド」、カーク・ダグラス、クリント・イーストウッド主演の映画など、数多くの作品が撮影されている。

セットの前で、ガン・ファイトのデモンストレーションが行われている。

いかにも使い古されたように見える幌馬車が裏道に置かれている。

「死ぬよりもつらい」といわれた鉱山、ツームストーンは、『OK牧場の決闘』の舞台の町だ。決闘の行われた所には、等身大の人形が置かれている。

1881年の決闘のシーンは、ワイアット・アープが建っていた場所、他のガンマンとの位置関係も人形を使って再現してある。

当時のままに残されている「バード・ケイジ劇場」。壁面の額など、1880年代そのままの姿で残されているキャバレーだ。

ツームストーンの町は、町全体が「ナショナル・ヒストリック・ランドマーク」という、一種の博物館として、保存されている。

銀の鉱脈が発見された1880年代、ツームストーンは、全国から集まった一獲千金を夢見る人で、騒然としていたようだ。銀が掘り尽くされた後、普通はゴースト・タウンへの道を辿るのだが、ここは、歴史が保存された観光の町として、奇跡的に生き残った。

ビスビーの町は、ツームストンから約15年程遅れた1895年に、銅山の町として脚光を浴びるようになった。現在もアリゾナ南部に数多くある銅山のひとつだが、1940年から1950年代のイメージを残す町だ。

ビスビーのショッピング街。町全体に1940年代の香りがただよう町だ。アメリカの古き良き時代を感じさせる。

「クイーン・オブ・カッパー・キャンプス」とも呼ばれた、南アリゾナの銅山の代表的な町ビスビー。この町にあるビール工場も、繁栄していた当時の町の姿のままで残されている。

南アリゾナ特産のサボテンで作った置物の店をビスビーで見つけた。200年はいき続けるといわれるサボテンだが、砂漠で乾燥されるとこのようになるのだ。

映画館も1940年か1950年代当時のまま、今でも映画の上映を続けている。

ビスビーの町を訪ねた時、日本からやってきた人間ということで、逆に取材されてしまった。ビスビーのラジオ局。向こうに見えるバイクが取材の足。

若い頃は、全国ネットのテレビ局のニュース番組を担当していたが、そこをやめこの町へやってきた。現在、一人で放送局を経営、放送までしている。

コロラド川のグランド・キャニオンの下流には、湖畔のリゾート、パーカーダムのハバス湖があり、ロンドン・ブリッジが移築されている。この橋はもともと、オークションでロンドンの有名なタワー・ブリッジを買ったつもりだったものが、組み立てたら、普通のロンドン・ブリッジだったという、曰く付きのもの。

レイク・ハバス・シティーの橋のたもとには、ロンドンの街角をイメージした公園も。

橋には、本物のロンドン・ブリッジついていた銘板もついてる。

アリゾナ州コロラド川にかかる、ロンドン・ブリッジ。

アリゾナ州は、夕日の美しさにも定評がある。ハバス湖の夕日。

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