建築家の活躍する町、フェニックス

 500年前、インディアンの手によって高度な文化が築かれていたこの土地に、当時の隆盛を再現しようという目的でつけられた名前が「フェニックス」。現在この町は、未来を予感させる町としてその名の通り、不死鳥のように復活したようだ。

 1967年、日本との関わりなどほとんどないフェニックスを最初に訪れた時、私がこの町で出会った「日本」は、町にたった一軒だけあった日本人家庭と、旧帝国ホテルの設計で知られる、フランク・ロイド・ライトの建築学校だった。

 日本人一家に招待され、こころづくしののり巻きをごちそうになったあと、フェニックス郊外にある、ライトの建築学校「タリエッセン・ウェスト」を訪ねてみた。

 ウィスコンシン州マディソンにある、「タリエッセン・イースト」は夏の学校、そしてここは冬の間の学校である。地元でとれる石を大胆に使い、コンクリートで固めた校舎は、1937年に建てられた当時は、かなり前衛的なものとして話題をよんだようだ。関東代震災にもビクともしなかった旧帝国ホテルを設計した人として名をはせた彼の、もう一つの代表作といってもいいだろう。

 何度目かの訪問の時、校内で毎週土曜日に催されるパーティーに招待してもらった。このパーティーには、全校生徒が盛装して必ず出席しなければならないのだ。この学校では、建築家は、実際の建築空間を利用することによって、その価値を知ることができるという考えから、社交というものも重要な教育の一環と考えているようだ。もっとも生徒たちは、勉強をしているなどという感覚はなく、ただ楽しんでいるようではあったが。

 最初にフェニックスを訪れたとき、この学校の出身者の一人、パオロ・ソレリというイタリア人の建築家を紹介された。当時彼は、「砂漠と調和した生活」というテーマで、未来都市の計画をたて、その試作品をつくっているところだった。彼のつくる、砂山の上にコンクリートを流した家々は、まるでナバホ・インディアンのホーガンという砂の家を思わせるような、砂漠のイメージにぴったりのもの。そして五年以上たった現在でも、彼に賛同する若い建築家たちの手により建築が続けられているのだ。資金も自分たちのデザインした風鈴を売ってつくっているという。

 最近話題になっている、人工ミニ地球「バイオスフィア2」の中での二年間の自給自足生活の実験といい、パオロ・ソレリの夢といい、なんとも男のロマンを感じさせる未来都市だ。

500年前、灌漑の発達によってフェニックスの砂漠に出現した美しい緑は、現在広大な綿花畑となってうけつがれている。

アリゾナ州は、全米一のインディアンの人口を誇っている。州内には23のインディアン居住区があり、そこに住む人々の半分はナバホ族。州議事堂の正面にあるインディアンの勇者の記念碑。

現在のフェニックスは、サンベルト地帯を代表する近代都市。インディアンの人々が築いていた文化都市が、その名の通り不死鳥のようにに復活したようだ。

フェニックスの東にあるリゾート・タウン、スコッツデール。砂漠の中のオアシスといっ感じの町だ。現在のフェニックスは、不死鳥以外の鳥でも安全に生活できる地上の楽園のような所。

ゴルファーはもちろん、動物達の安全にも十分に気を配っているのが、この町の自慢。

スコッツデールにある、西部の町を再現したテーマパーク「ローハイド・タウン」。

フェニックスの西郊にある、世界的に有名な老人の町「サンシティー」の日曜日。

リタイアメント・コミュニティー、サンシティーは砂漠を開発してできた町。

スコッツデールにあるフランク・ロイド・ライトの建築学校、タリエッセン・ウェストは、冬の間だけ開校している学校だ。1937年に建てられた校舎は、現在でも少しも古さを感じさせない。

アリゾナの砂漠とぴったりマッチしたタリエッセン・ウェスト。ライトは1959年に90才で亡くなるまで、夏はウィスコンシン州のマディソンで、冬はこのフェニックスで建築学の教壇にたっていた。

タリエッセン・ウェスト校内にある、フランク・ロイド・ライト像。

毎週土曜日は、全校生徒の参加が義務づけられているディナー・パーティー。

ライトの設計やデザインには、どこかインディアン文化と日本文化のイメージを感じさせるものが多い。タリエッセン・ウェストの校門。

土曜日のパーティーの後は音楽会。クラシックの演奏会が、校内の講堂で行われる。タリエッセン・ウエストの校長をつとめていたライト婦人も必ず聞きに来ていたという。

フェニックスを代表するアリゾナ州立大学の記念ホールは、フランク・ロイド・ライトの晩年の作品。

フェニックス郊外にあるスコッツデールのアセンション・ルーテル教会。ライト晩年の設計で、彼が死んだ翌年に完成した。

1927年、ライトが58才の時に完成したアリゾナ・ビルトモア・ホテル。なんとなく日本の旧帝国ホテルを思い出させるデザインだ。

彼は、このアリゾナ・ビルトモア・ホテルを設計したのがきっかけでこの土地を知り、この場所に学校を作ろうと決意したようだ。

帝国ホテルが改築された後、このホテルを初めて見た時には、なぜか懐かしさを覚えた。

アリゾナ・ビルトモア・ホテルのメイン・ロビー。ここも旧帝国ホテルのイメージに非常に近い所だ。

ダイニング・ルームのデザインも、天井に近いところにバルコニーがあるなど、部材は違うようだが、旧帝国ホテルとの類似点がたくさんある。

砂漠に作った砂の山の上にコンクリートを流し、固まった後に中の砂を取り除く。パオロ・ソレリのアルコサンティ建築群のなかのハーフ・ドーム型の建物。

アリゾナの砂漠に調和する未来都市がテーマのアルコサンティは、現在まだ全体の数パーセントしかできていない。

オリジナルのドーム型に始まり、現在では様々な実験的なスタイルの建物が試作されているようだ。

フェニックス郊外の住宅街にあるパオロ・ソレリの自宅にあるプール。さまざまな試作を繰り返していた彼が、実験的に設計したものだ。

パオロ・ソレリらしいスタイルの、ドーム型の作業場。暑い砂漠のなかで続く作業はいつ終わるともなく続いていく。しかし、何十年かかろうとも必ず完成させるという、いきごみが感じられた。

日本の風鈴を思わせる「ウィンド・チャーム」。パウロ・ソレリは、これを売って資金を作り、作業を続けている。

世界中からやってくるボランティアの協力によって、建設が続けられているアルコサンティ。周囲の自然との調和がメイン・テーマだ。

若い建築家や建築家の卵も世界中から集まってくる。ハードな環境の中で、激しい議論を戦わせ、プロジェクトの計画は少しずつ進んでいく。

現場に住み込んで働いている若者は約60人。彼等の口からは、「50年後」、「100年後」という言葉が自然に出てきていた。

アルコサンティの完成予想図をもとにして作られた模型。人口5000人の都市を考えているようだ。完成した町では、車は一切不要。動く歩道、エレベーター、エスカレーターが町中を網羅する。

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