サンフランシスコからロサンゼルスまで

 西海岸を代表する都市、サンフランシスコとロサンゼルスは、私にとって両者甲乙つけがたいほど好きな所。アメリカにきたなら、立ち寄らずにはいられない気分にさせてくれるの町なのだ。

 日本からまずサンフランシスコ空港に入ってレンタカーをした時には、ロサンゼルスで返却、逆にロサンゼルスに入った時はサンフランシスコから帰るという風に、なるべく両方の町を見るようにしているので、二つの都市の間は、幾度となく走っている。

 サンフランシスコとロサンゼルスを結ぶルートは大きく分けて三つ。これらのルートをそれぞれ、時間の余裕にあわせて選ぶようにしている。

 最短コースを走り、一番早く移動できるのが、シエラネバダ山脈と、太平洋岸コースト・レンジ山脈の間にあるサンホアキン・バレーの真ん中を突っ走る高速道路、インターステイト五号線。急げば五、六時間位で移動できるので、時間が無いときには最適だが、何の変化も無い真っ直ぐな道路は、居眠りしてしまいそうなほど退屈だ。寄り道が好きな私はあまり利用したくないルートだ。

 途中一泊する余裕があるときには、太平洋岸沿いにくねくね走るコースを。この道は、居眠りでもしようものなら、断崖絶壁から太平洋へまっさかさまなので、スリル満点。海岸線の美しさも満喫できて、気分も最高だ。途中には、海岸線を車で走れる所もあったり、出版王、ウィリアム・ランドルフ・ハーストの別荘もある。また、「怒りの葡萄」のスタインベックの生家もこの途中だ。スタインベックの生家のあるサリナスの町では、「メキシカン・ワーカー」を呼ばれる人々に会うことができる。メキシコからの集団出稼ぎ労働者である彼等は、大規模なレタス畑で働いている。一見和気あいあいとした雰囲気の彼等だが、畑まで移動する時に利用するバスの後ろにつながれた、移動式のトイレがなんとなく悲しげでもある。

 もっと時間がある時に利用するのは、インターステイト五号線から、カリフォルニア州道九九号線へ入り、さらにシエラネバダ山脈へ寄り道するルート。このルートの途中には1890年に国立公園になった、アメリカを代表するヨセミテ国立公園があるのだ。公園の中央にある、ヨセミテ・バレーの緑の美しさは言葉では表せないほど。とくに谷全体を見わたせる「グレーシャー・ポイント」からの眺めは、これから、何百年、何千年と変わらずに保存して、後世に伝えたいと心から思えるものだ。

太平洋岸沿いのカリフォルニア州道1号線。ちょうど、日本の伊豆半島のドライブのような感じ。ビッグサーや、ポイント・ロボなど、海岸線の美しさでは定評のあるルートだ。

アメリカの自然のダイナミックさを感じさせてくれる、ピスモ・ビーチ。砂丘専用のタイヤを付けて、デューン・バギーで思い切り走る。ここでストレスを解消して、一般道路は安全運転。

ピスモ・ビーチには、潮干狩りを始め、広大で遠浅な海岸を楽しもうとする人々が大勢やってくる。オートキャンプ場になっている砂浜には、デューンバギーや馬を載せるトレーラーをひいたキャンピングカーもいる。

ロサンゼルスとピスモ・ビーチの間にあるソルバングは、町全体がデンマーク。世界中の文化が集まったアメリカでは、その土地の移住者達の故郷を意識した町があちこちにある。

デンマークから移住して来た人々も、祖国とは違う乾燥したカリフォルニアの風土には苦労したようだ。ソルバング付近の牧場で。

コースト・レンジ山脈のサンタ・ルチア・レンジの頂上にそびえる、出版王ハーストの別荘。ヨーロッパのお城を思わせることから、「ハーストのサンシメオン城」と呼ばれている。

サンシメオン城は、本館の「カサ・グランデ」と、「カサ・デルモンテ」、「カサ・デルソル」などから成り立つ。鉄筋コンクリート製だが、15世紀から18世紀の地中海のお城のようにも見える。

サンシメオン城の中で一番印象的なのが、ネプチューン・プール。ハーストの莫大な資本がバックにあるだけに、大理石で作られた彫刻の数々も、古代ギリシャやローマの様式、ルネッサンス時代の様式と本格的なものばかりだ。この大理石は、アメリカ北東部、バーモント州から取り寄せたものだ。

標高2200メートル、グレーシャー・ポイント・ロードへのドライブでは、ヨセミテ・バレーの全景を見ることができる。真下には、ヨセミテ・バレーの中心、ヨセミテ・ビレッジやオートキャンプ場も見える。ヨセミテを訪ねると、毎回この見晴らし台まで登り、変わりない大自然をみて安心するのだ。

シエラネバダ山脈を横断するタイオガ・ロードは、いくつもの湖がある、素晴らしいドライブ・コースだ。ヨセミテからネバダ州のラスベガスやリノへ抜ける時にもよく通るコースで、ヨセミテ国立公園の中での「ハイ・カントリー」といわれ、あまり知られていない所。とくに夏が素晴らしい。日本の観光地の交通渋滞を思うと夢のようだ。

いくつもの滝があるヨセミテ・バレー。その中でも有名なのが、上下2段に分かれていて、落差の合計が739メートルもあるという、ヨセミテ滝。

氷河が作り出した渓谷ヨセミテ・バレー。グレーシャー・ポイントから見たハーフ・ドーム(標高2695m、高さ600mの一枚岩)とテナヤ・クリークの谷。

ヨセミテ・バレーを流れるメルセド・リバー河畔の草原。正面に見えるのがヨセミテ滝のアッパー・ヨセミテ・フォール。

シエラネバダ山脈のにある、ジャイアント・セコイアの森。セコイア国立公園は、人類が地球上に登場する先史時代の巨木の森が残されている。

樹齢2500年といわれるジェネラル・シャマン・ツリーは、地球上で最大の生物といわれている。公園内にあるジャイアント・セコイアの中には、昔立ったまま穴をあけてトンネルが作られてたものもあった。

西海岸の太平洋岸では一番のリゾート、モントレー半島。別荘地内の一部の道路を、17マイル・ドライブとして一般の旅行者に有料で公開している。この別荘地内の名門ゴルフ・コースのシンボル・マークにもなっている「ローン・サイプレス」。太平洋からの海風が作り出した木と岩だ。

モントレー半島の脇の町、カーメルは、西海岸一のアーティスト・コロニー。

半島の北側の入り口、パシフィック・グローブの海岸近くにある別荘。

アメリカの国立公園の風景写真で有名な写真家、アンセル・アダムスのオリジナル・プリントを売る店もある、カーメルの街。

モントレー半島にある西海岸一のゴルフ場。PGAとかUSオープンの会場になることでも知られる、ペブルビーチ・ゴルフ・リンクス。このほかにも多くの名門コースが別荘の間に点在している。ペブル・ビーチのコースは、スティルウォーター・コーブとカーメル・ベイの間の小さな半島を利用したコースや、海霧の影響を受けやすいコースが有名だ。

サンディエゴからサンフランシスコまで、多くのミッションを作ったことで知られる、セーラ神父が建てた、カーメル・ミッション。ここはセーラ神父自身の墓もある、重要な所。

別荘地開発が進むモントレー半島だが、今でも野生の鹿がたくさん住んでいる。

ペブルビーチ・ゴルフ場のクラブハウスは、「ザ・ロッジ」と呼ばれるホテル。

モントレー半島から内陸に入ったサリナスは、「怒りの葡萄」、「エデンの東」で知られる、スタインベックが生まれた街。現在でも少年時代を過ごした家が残っている。

サリナス一帯には、レタス畑が続いている。近くにはアーティチョークや全米一のガーリックの名産地もある。

広大な畑を順番に収穫して回るので、農作業をする人のために、バスが用意されている。最近、このような農作業はメキシコから来ている「メキシカン・ワーカー」の仕事になっているようだ。

モントレーの缶詰工場跡は、スタインベックの「怒りの葡萄」の舞台になった所。キャナリー・ローと呼ばれる通りにある、スタインベック像。

スタインベックの時代、モントレーは鰯の缶詰工場で栄えていた。現在、街外れには缶詰工場街だった、「キャナリー・ロー」という通りが残されている。

缶詰工場跡の建物は、外観だけはそのまま観光名所として残され、中はおみやげ店、レストラン、ギャラリーなどに改装されている。

スペイン統治の時代には、州都が置かれたこともあったモントレー。捕鯨の基地、鰯の缶詰工場と続き、現在はスタインベックを目玉とした観光名所になっている。

キャナリー・ローのレストラン。古い缶詰工場のイメージを保つために外観はそのまま。中にいる人の安全が心配になってしまう。

最近キャナリー・ローに出現した「モントレー・ベイ・アクエリアム」。捕鯨の基地の歴史や近くの海に生息する生物を紹介する、新しいタイプの水族館だ。

モントレー・ベイ・アクエリアムの展示の目玉は、海底の部屋。部屋の窓から、海底のコンブの森が見える。

ただガラスのなかの生物を観察するだけでなく、実際に手にとってみることができる、身近な生物も展示してあった。モントレー・ベイ・アクエリアム。

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