市民のご自慢、3000人収容できるルイス・M・デイビス・シンフォニー・ホールはオペラハウスの隣に建つ。文化的にもライバルのロサンゼルスには負けたくないようだ。

ダウンタウンを中心にした街の北東部は、通りが碁盤の目のようになっている。センスのよい店が並ぶと人気の、ユニオン・ストリート。

フィッシャーマンズ・ワーフからダウンタウンへ斜めに走るコロンバス・アベニュ。ちょうど中ほどに、元祖「トップレス・バー」のノース・ビーチの街並みがある。

「ゴールデン・ゲート・パーク」は、有名なジョン・マクラーレンが砂丘を改良して作ったものだ。ク内のデヤング・ミュージアム。

市内には、「US・ミント」と呼ばれる合衆国政府の造幣局が。この辺にもゴールドラッシュでできた町の伝統がうかがえる。

ゴールデン・ゲート・パークやユニオン・スクエアなど、多くの公園を持つサンフランシスコでは、警察官による公園パトロール隊が組織されている。

外国文化を積極的に取り入れるサンフランシスコで見つけた「ふとん屋」。畳の上にふとんのほうが背骨によいと評判だ。

1950年代から1960年代、世界中に広がった「ヒッピー」の発祥の地もこのサンフランシスコ。現在でもヘイト・アッシュベリーあたりにはその面影がある。

ヘイト・アッシュベリーでみかけた、70年代のバイク・ファッションの女性ライダー。

ヘイト・アッシュベリーとは、ヘイト・ストリートとアシュベリー・ストリーの交差点のこと。最近では一般観光客はめったに近付かない所だ。

1970年代後半から80年代、全米のホモやレスビアン達による「ゲイ・パワー」の中心地となったサンフランシスコ。現在でもその力は衰えてはいない。サンフランシスコの目抜き通り、マーケット・ストリートでは、交通もストップさせるほど盛大なパレードが行われていた。

サンフランシスコ観光の3つ目の目玉、フィッシャーマンズ・ワーフには、太平洋の漁場から直接水揚げされるシーフードを求めて、毎日、大勢の人々が集まり、まるでパーティーのような賑やかさだ。

フィッシャーマンズ・ワーフの名物おじさん。彼が元気にカニをゆでている姿を見ないと、サンフランシスコに来た実感がわかないのだ。

古くなった桟橋を再開発した「ピアー39」。現在の常連はアザラシ達。向こうに見えるのはゴールデン・ゲート・ブリッジやフェリー。

新鮮なクラムチャウダーをサワドーブレッドに詰めて売る店。漁師街の伝統と新しいアイディアのドッキング。

内陸部からやってくる観光客にとっては、捕れたての魚が丸ごとならべてある光景は夢のようなものに違いない。

ピアー39は、ただのショッピング街だけではなく、メリーゴーランドなども作られており、入場無料の遊園地のようなものにもなっている。

航空機の時代になった現在、サンフランシスコ港に作られた多くの桟橋は、無用の長物と化している観がある。使われなくなった桟橋はレストランにしたり、ショッピング・モールにしたり、さまざまなアイディアをだして、この街の伝統を守ろうとしているようだ。フィッシャーマンズ・ワーフに隣接する、ピアー39。

古くなった建物の再開発。ギラデリー・チョコレートの工場跡。

日本の人力車を引く「リキシャ・マン」を思わせる、「リキシャ・ウーマン」

缶詰工場の跡も再開発の結果、ショッピング・センターに。

ゴールドラッシュの街、サンフランシスコ。当時のコスチュームを貸す写真屋。

1937年、サンフランシスコと北隣のマリン・カウンティーを結ぶ、国道101号線の橋として完成したゴールデン・ゲート・ブリッジ。太平洋航路の船旅の最後に必ずくぐるアメリカの表玄関だ。カリフォルニア州のニックネーム、「ゴールデン・ステイト」から、その名前がついた。

ゴールデン・ゲート・ブリッジの北側、マリーン・ヘッドランズ州立公園の見晴らし台から見たゴールデン・ゲート・ブリッジ。海霧が発生しやすいこのあたりでは、橋の全部が見える日は珍しいという。

ゴールデン・ゲート・ブリッジは、ただの観光名所というだけではなく、マリン・カウンティーを始め、北部カリフォルニアとをつなぐ重要なハイウェイになっている。朝夕のラッシュもかなりのもの。

ゴールデン・ゲート・ブリッジの完成1年前、1936年に完成したサンフランシスコ・オークランド・ベイ・ブリッジ。ニューヨークまで続く大陸横断高速道路、インターステイト80号線の起点にもなっている。

1963年まで使われていた、アルカトラズ島の重犯罪人を収容する連邦政府の元刑務所。現在は、国立公園局が管理する公園なっている。

以前は厳重を極めたアルカトラズ島も、現在、フィッシャーマンズ・ワーフなどから出るフェリーで簡単に訪れることができる。

アルカポネやマシンガン・ケリーといった、第一級の犯罪人を収容していた刑務所。このような独房の他に、暗黒の独房なども公開されている。

脱獄不可能といわれたこの刑務所からも、何人もの受刑者が脱獄を試みたという。しかし、たいていは海流にのまれた死体となって戻ってきたようだ。

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