ノース・カロライナのアパラチア山脈

全長が2600キロの広大なアパラチア山脈は、もちろんこのノース・カロライナにもつながっていて、「グレート・スモーキー・ナショナル・パーク」という国立公園に指定されている。

グレート・スモーキーというのは、このあたりのアパラチア山脈が、朝と晩、毎日濃いガスにおおわれて、煙ってよく見えないということから付いた名前だ。地元の人の呼び名がそのまま国立公園の名前になってしまったわけだ。

州の真ん中、ウィンストン・セーレムから、西へ向かって進み、ノース・カロライナの最高峰、マウント・ミッチェルの南麓を抜けた。まだ朝も早く、時間に余裕もあったので、昔、アメリカの鉄道王と呼ばれた、バンダービルト財閥が持っていた、山の別荘をほんのちらっと見てみようと、立ち寄ってみたのだが…。ビルトモア・ハウス・アンド・ガーデンと呼ばれるこの別荘は、一歩中に足を踏み入れたら最後、ちらっと見るだけなんて、口がさけてもいえない、冗談じゃあないほどのものだったのだ。なにしろ部屋の数が255もある、まるでヨーロッパのお城のような建物だ。庭にはワイナリーもあるし、温室ももちろんある。1890年に建築が始まって、完成までに丸五年もかかったという、この代物の設計は、後のペンシルベニア州知事のギルフォード・ピンコットなのだそうだ。

255部屋のうち、55部屋を見ただけで、午前中いっぱいかかってしまった。帰ろうと思って車に戻ったのだが、庭を一周しないと外へ出られない仕組みだ。その間にはワイナリーがあり、ワイン・テイスティング・ルームがあある。おまけにレストランまで。自家製のワインは、ちょっとなめてみただけでもとてもおいしくて、一ダースも買い込んでトランクに積み込んだ。車の運転もあるし、すきっ腹に飲むのもいけないと思い、そこのレストランで食事、すっかり長居するはめになってしまったのだ。すっかりくつろいでしまった私は、お昼もとっくにまわった時間にやっと重い腰をあげたのだった。

大急ぎで、グレート・スモーキー・ナショナル・パークへ向かって走る途中、今度はチェロキーという麓の町で、昔のインディアンの生活を公開している、おもしろそうな公園を見つけてしまった。

ビルトモア・ハウスでワインなんか飲むんじゃなかった、レストランになんか入るんじゃなかったと思いながら時計を見たが、素通りはできない。大急ぎで中へ入って、一枚だけ写真をとって出発。

ようやく近づいてきたグレート・スモーキーは、やはり名前の通り、煙っていてよく見えなかったのだ。

グレート・スモーキー山脈の国立公園は、期待通りというか、期待外れというか、とにかくとても「スモーキー」だった。

日本製の4WD。アメリカでは「サムライ」という名で売られている。ちなみにバイクは「ニンジャ」だ。

アパラチア山脈の中をぬけるように走る高速道路。グレート・スモーキーの山越えのコースは、素敵なドライブ・コースだ。

グレート・スモーキー・ナショナル・パークの入り口。

アパラチア山脈沿いに、バージニア州からつながっている、ブルー・リッジ・パーク・ウェイ。

グレート・スモーキー・ナショナル・パークでも、自然を守る努力が続けられている。

グレート・スモーキーの麓の町、チェロキーには、チェロキー・インディアンのレザベーションと、フロンティア・ランドがある。フロンティア・ランドでは、開拓者の町を再現したり、チェロキー・インディアンの村を再現したりしていた。

のどかな麓の生活をおくっていたチェロキー族。

チェロキー・インディアンに関するミュージアム。

オクラホマ州へ移住させられたチェロキー族は、もともとはグレート・スモーキーの麓、チェロキー・インディアン・レザベーションにも住んでいたのだ。

後にペンシルベニア州の知事になったという、建築家ギルフォード・ピンコットの設計によるこの別荘は、部屋数がなんと255もあるのだ。「ビルトモア・ハウス」。

ヨーロッパ式の庭園もピンコットの指導で作られたものだ。

広大な庭園の中をドライブしていると、ワイナリーがあって、ワイン・テイスティング・ルームもあるのだ。ここでは直売のワインを買うことができるのだ。ビルトモア・ハウス・アンド・ガーデン。

ピンコットは、建築家であると同時に、林業の研究者でもあった。そのため、ビルトモア・ハウス・アンド・ガーデンには、温室まであったのだ。

≪≪前へ  目次  次へ≫≫