マッカーサー元帥の町、リトル・ロック

1960年〜70年、公民権運動のさなか、黒人との共学を反対する白人が多いため、人種差別の街としてアメリカ国内では評判の悪かったアーカーンソー州のリトル・ロックだが、私たち戦前、戦中派の日本人にとっては、あのダグラス・マッカーサーの出身地といった印象の方が強いかもしれない。

地元リトル・ロック市内では、彼に対する尊敬の意味もこめて、もともとアメリカ陸軍のキャンプ跡だった所を、「マッカーサー・パーク」と呼んで、各種の文化施設の立ち並ぶ、市民公園にしているのだ。「第二次世界大戦での地元が生んだ英雄」であるマッカーサーは、歴史の流れが少しでも違っていたら、大統領にでもなっていたかもしれない偉大な人物だったのだ。

職業軍人の子、マッカーサーが生まれたのは、当時の軍隊の官舎の中。その建物を含めた一帯が、マッカーサー・パークとなっている。公園の中には、「アーカンソー・アート・センター」や、「アーカンソー・ミュージアム・オブ・サイエンス・アンド・ヒストリー」など、文化施設がたくさんあって、市民にはなくてはならないものになっているのだ。しかし、当のマッカーサー自身は、出身地のアーカンソー、リトルロックのことよりも、バージニア州で陸軍軍人としての教育を受けた時代のほうが印象深かったらしい。彼の口からは、バージニア州でのエピソードはよくでてくるのだが、リトル・ロック時代の話はほとんどでてこなかったのだ。

リトル・ロックの人の自慢と言えば、もうひとつ、ここに本社のある「ザ・カントリーズ・ベスト・ヨーグルト」、略して「TCBY」という、ヨーグルト専門のパーラーが、アメリカ全土に爆発的な勢いでフランチャイズネットワークを広げていることだ。リトル・ロックの町で、「TCBY」の看板を最初に見た時には、何のことか分からなかった。「有名なヨーグルトのチェーンなのだ」と教えてもらった後、アメリカ各地を回ると、今までは気が付かなかったのだが、どこの町にいっても、必ず「TCBY」の店があるのだ。最近は日本にまで進出してきている。

話は変わるが、最近、リトル・ロック市内の、アーカンサス川に面した一等地に建つ、町一番のホテル、「エクセルシア・ホテル」が、日本人「ミスター・カスガ」に買い取られたという。アーカンサス川に面した、美しい町並みを撮影しようと思って、川の対岸からねらってみると、どのアングルから見ても、このホテルが一番正面でがんばってしまう感じになってしまうのだ。日本人と言うのは、どこへ言っても一番高くていい物を買ってしまうものなのだなあと、つくづく感心したような、なさけないような。マッカーサーが生きていたらなんといっただろうか。

リトル・ロックの文化施設の立ち並ぶマッカーサー・パーク。

ダグラス・マッカーサー元帥の生まれた、もとアメリカ陸軍の官舎は、マッカーサー・パークの中に保存されている。

ミシシッピー川の支流、アーカンソー川に面して町造りがされている州都、リトル・ロックのスカイライン。

ギリシャ風のドッシリとした太い円柱が特徴のアンテベリアム・プランテーション・ホーム。マッカーサー・パークの中に保存されている。

マッカーサー・パークには、アーカンソー・アート・センターもあり、インディアンや先住民族の芸術作品のコレクションもある。

公民権運動の頃、黒人と白人の共学の問題で暴動が起きた町としても有名な町、リトル・ロック。南部の伝統を取り戻し、静かなたたずまいをみせている。アーカンソー州の州議事堂。

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