ケンタッキー・バーボンの本場

アメリカ合衆国では、州の下の行政単位を郡、「カウンティ」というが、ケンタッキー州では、なんとそれがさらに「乾いたカウンティー」と「湿ったカウンティー」の二種類に分かれているという。

実は、100以上もあるケンタッキー州のカウンティーの三分の二強は「ドライ・カウンティー」といわれ、いまだに「禁酒法」の適用を受けている地域な。お酒が自由に売買できる、「ウェット・カウンティー」は全体の三分の一にも満たないのだ。

アル・カポネなど、ギャング達が暗躍した1920年、キリスト教のピューリタリズムの思想から生まれ、世紀の悪法とも言われた「禁酒法」。結局、ギャングの懐を暖めるだけの結果に終り、1933年には遂にほとんどの州で廃止されてしまった。ところがよりによってこのケンタッキー州には今でも禁酒法が残っているのだ。バーボンの本場と「禁酒法」という不思議な関係はとても興味深い。ドライ・カウンティーからウェット・カウンティーへ向かって車を走らせていると、前方に見えて来たのは「ファースト・チャンス」という看板の酒屋。そのまま走って今度は逆にウェット・カウンティーからドライ・カウンティーへ向かう時には「ラスト・チャンス」という看板。この先では酒屋はありませんよ、という意味なのだ。

つまり、ドライ・カウンティーに住んでいても、お酒を飲みたい時にはウェット・カウンティーまで行けば、自由に飲み買いができるわけだ。「禁酒法」といっても、車社会の現在、普段の生活にはほとんど影響がなくなってきているようだ。

とはいっても、ここの酒屋の雰囲気は、まるで貴重品店かあるいはアダルト・ショップのようなものものしい雰囲気。販売方法になにかしらの規制があるのかもしれないが、ここではお酒はやっぱり「特別な物」なのだ。数年前、実際にバーボンがどのような所で作られているのを見てみようと、何軒かのバーボン工場を訪ねてみたことがあった。背の高さ以上もあるコーン畑の中を進んで行くと、大きな納屋が何棟もあり、その納屋が保税倉庫になっている。その中では樽詰めされたバーボン・ウィスキーが熟成されるのをじっと待っているのだ。この熟成の仕方によって味の良し悪しが決まるらしく、どこの工場でも、立派な納屋を何軒も建てていた。

そんな中で、一軒の小さなバーボン工場を見つけた。バーズタウンから裏道の曲がりくねった坂道をくねくね走った所にある小さな町ロレット。そこにあった「メイカース・マーク」という工場は、1日平均600樽もの生産をしているという他の工場に比べて、なんと38樽しか作らないという。1樽1樽丁寧に瓶詰していくバーボンは、とてもおいしそうで、社長自ら瓶詰してくれたバーボンいただいた時は、とてもうれしかった。その時のバーボンは、今でも私の宝物として、封を開けずに部屋に飾ってある。

防弾ガラスの向こうから、注文したバーボンを渡してくれる。まるで夜間のガソリン・スタンドか禁制品を売っている店のようだ。ウェット・カウンティーのルイビルで。

メイカース・マークを始めとする、ケンタッキー・バーボンがずらりと並ぶ、ウェット・カウンティーのバーで。

ドライ・カウンティーとウェット・カウンティが入り組んでいるケンタッキー州では時々、このような郡境の酒屋を見付けることができる。

ドライ・カウンティーがある分、ウェット・カウンティーにあるバーは賑わうわけだ。ルイビル郊外にあるレイズ・グリル&バーにて。

ミシシッピー川の支流オハイオ川、そのまた支流のケンタッキー川に面して立つエンシェント・エージのバーボン・ウィスキー工場群。

バーボン・ウィスキー工場群の中の、樽詰めされたバーボンを熟成させる保税倉庫。

バーズタウン郊外の小さな村、ロレットにあるメイカース・マーク社の保税倉庫のバーボンの樽。

クレアモントのジム・ビーム社。バーボンの売り上げ世界一を誇っている。「ケンタッキー・ストレート・バーボン」で有名な会社。

バーズタウン郊外で見つけた「ヘブン・ヒル社」の工場で。

バーズタウン付近を上空から訪ねて見ると、広大な原野に、ウィスキーを熟成させておく納屋をいくつも持った工場が、何軒も見えた。

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