バージニアのアパラチア山脈

バージニア州の西側を走るアパラチア山脈。ウェスト・バージニア州とを分ける塀のように長く連なっているこの山脈は、北は北東部のペンシルバニア州ニューイングランド地方さらにはカナダまで、南はジョージア州へ続く、アメリカ合衆国を南北に貫く大山脈だ。以前は、このアパラチア山脈より東側までがアメリカ合衆国で、山脈を越えた西側はインディアンだけが住むフロンティアの土地だった。この山脈を越えて西側へ行くことは当時、西部=フロンティアへ開拓に出かけていくことを意味していたのだ。西部開拓後、現在のウェスト・バージニア州はバージニア州の一部だったのだが、南北戦争中、山脈の奥のフロンティアのことなどはかまっていられなかったバージニアに対して、そのすきにつけこんで、勝手に独立してしまったのだ。

今日のアパラチア山脈は、車で簡単に上れるハイウェイもできていて、バージニア北部のブルーリッジ山脈と呼ばれるアパラチア山脈の一部分は、シェナンドア国立公園に指定されている。そこには「スカイライン・ドライブ」と呼ばれる山脈の上を105マイル(約170キロ)にも及ぶ観光ドライブ・ハイウェイがつくられている。

この国立公園は、1926年にはすでに国立公園にすることが決定していた。バージニア州政府がその土地を10年間かかって地主から買い上げ、政府に寄付、それによって1936年にようやく国立公園になったのだ。その後1939年には。公園内を車で走れるスカイライン・ドライブも完成したのだ。

また、スカイライン・ドライブにそって徒歩で訪ねる人のために、ハイキング用のトレイル、「アパラチアン・トレイル」も作られた。このアパラチアン・トレイルは、北東部のメイン州からずっと、アパラチア山脈の中を何日も何日もかけてトレッキングすることもできる素晴らしいコースで、最後には、深南部のジョージア州までたどり着けるようになっている。このトレイルを走破することで、アメリカ合衆国の自然の素晴らしさを体験できるコースなのだ。

麓の町、ジェファーソンのモンテチェロのある町から、日帰り一周ドライブ・コースでシェナンドア国立公園のスカイライン・ドライブを走ってみた。行きは、ブルーリッジ山脈の西側へ回り、インターステイト八十一号線にのって、山脈と平行して北上。北側の入口からブルーリッジ山脈に登る。ずっと右手に見え続ける山脈は、頂上は同じ高さになって連なっているように見えるが、いざ山脈の頂上を走るスカイライン・ドライブへ入って見ると、頂上から次の頂上へ登ったり降りたり、周囲を迂回したりの連続だ。スカイライン・ドライブでは、サイクリングでさらに南のノース・カロライナ州へ続くブルーリッジ・パーク・ウェイまで走破するという人に出会ったり、多くの野生動物にも出会ったり。大切に保護されたアメリカの自然の素晴らしさを体験できる一日だったのだ。

1936年、ルーズベルト大統領によってオープンされたシェナンドア国立公園の様々な施設は、民間の環境保護団体の協力で作られている。人間が入り込む前の状態に自然を戻す努力をしているのだ。

右側の木についている印しは、「アパラチアン・トレイル」の標識だ。この標識にしたがって歩けば、アメリカ合衆国の北から南まで、自然の中を走破できるのだ。

このまま走り続けて、「スカイライン・ドライブ」、さらに南へ続くブルーリッジ・パークウェイと走り、テネシー州までいくのだそうだ。

自然のままの状態に戻す努力が実って、数多くの野生動物が戻ってきている。道路標識にも「ディア・クロッシング」と出ている。

スカイライン・ドライブから麓の村や町が見える。自然の中に人間が入り込んで来たようすもよく分かる。国立公園では、公園全体の5分の2の地域は自然のままの状態を保つため、人間は住むことができない。

アパラチア山脈の中、ブルーリッジ山脈に東側には、シェナンドア・バレーと呼ばれる小さな盆地がある。西部開拓の初期に人々が農業を営むようになった土地だ。むこうに連なり、多少ガスって青く見える山並みが、ブルーリッジ山脈。

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