駐米日本大使も泊まったホームステッド・リゾート

ワシントンD.C.に駐在していた日本大使が泊まったリゾート、といっても別に週末にゴルフをやりに来たわけではない。第二次大戦中、敵国となった日本の外交官を収容する施設として、歴代の大統領がよく利用していたバージニア州のアパラチヤ山脈の山あい、ホットスプリングスにあるホームステッド・リゾートを利用することになったのだ。

当時、ルーズベルト大統領と日米交渉に当たっていた、栗栖特命全権公使、野村大使、寺崎第一書記といった日本の外交官など、家族も含めて363人が収容されていた所がここ。1941年の12月から1942年の3月までの寒い冬の間だったが、敵国の捕虜としての扱いではなく、今までこのホテルに来ていたお客様と同じ行き届いた待遇をしていたという。

このことは、このホテルに働く人々の自慢の種になっている。収容されていた人達や家族が戦後再びこのホテルを訪れているという事実からも、彼等の言っていることがうそではないとわかるだろう。実際このホームステッド・リゾートを訪ねて彼等の至れりつくせりのサービスを受けると、彼等の言ったことが本当だったと納得できたのだ。

ここは、深南部、ジョージア州のクロイスター・リゾートと並んで、アメリカでも伝統のある最高級リゾート。ワシントンD.C.から車でわずか3時間、深い谷間の道を走って行くと、ホット・スプリングスと呼ばれる、その名の通りの小さな温泉の村がある。ここは、「BACOVA」とも呼ばれ、プロゴルファーのサム・スニードのターバンが一軒、その並びに郵便受けを作る会社「バコバ・ギルド」、ガソリン・スタンドと数軒の店、これが全てといってよいほどの小さな村なのだ。そこにどういうわけか、アメリカでも1、2を争うリゾート、ホームステッド・リゾートがあるというのだ。

ホームステッドが温泉リゾートとして、始まったのがは1766年のこと。その後ウエスト・バージニアにあるブリーングライヤーの温泉リゾートと同じC&O鉄道が土地と建物を買収し、M.E.インガルスが本格的なリゾートとして改良していったのだという。ここには、バージニア出身の八人の大統領を始め、ルーズベルト、トルーマン、ニクソン、アイゼンハワー、カーター、レーガンなど、歴代の大統領が訪れている。さらに、ジョージ・ワシントンもこの温泉に来たことがあるらしいのだ。もっとも彼がここへ来た時代には、このホテルはまだなかったが。また、ゴルフ場として有名で、伝説的なプロゴルファー、サム・スニードのホーム・コースでもあるのだ。

というわけで、アメリカ南部のサービスの伝統を守るためにホテルでも大変な努力をしている。こういうホテルでは、毎年決まった時期、同じ部屋に1週間、1ケ月と滞在する人が多い。そういうお得意様には、好みのワイン、食事、花に至るまで調査し、記録し、サービスに活かすようにしているという。

このホットスプリングスでホテルの裏道を行ったところに、円形の建物が二軒並んでいるのを見付けた。ホテルのような豪華な建物とは全く違う。よく見ると、これは日本でもよく見掛ける温泉ではないか。銭湯のように男湯、女湯に分かれていて、とても懐かしい気がした。

リゾートとして開発される前、1761年にはジョージ・ワシントンが訪ねたこともある。1766年から温泉としてリゾート開発が始まり、1800年代の中頃には、すでにモダンなリゾート・ホテルが建てられていたのだ。

ホームステッドに泊まった数多くの大統領の内の一人、フォード大統領。

日本の重光外務大臣。ホームステッドのオーナーと。

アパラチア山脈のふところ深く、温泉の出る所に「ホームステッド」リゾートがある。ワシントンD.C.の奥座敷として、歴代の大統領のゲストハウスとして使われてきたリゾート・ホテルだ。その中には、ジェファーソン、マッキンレー、タフト、ウィルソン、クーリッジ、ジョンソンなども含まれている。

ニクソン大統領の顔も。

国際連盟のもととなった、国際会議が開催された写真、イギリスのウィンザー公の写真、そしてレーガン大統領の写真もホテルのコレクションの中に。

バージニア州バス郡のたった一つの交差点という意味で「バコバ・ジャンクション」とも呼ばれる、T字型の交差点を右にいくと、不思議なドーム型の建物を見付けた。中をのぞいて写真を撮ろうとしたら人に注意されてしまった。中にいる人の許可がいると言う。なるほどそこは日本でいう、温泉街の銭湯、公共の大浴場だったのだ。

こちらはホームステッド・リゾート内の温泉プール。

ホームステッドには野外の温泉プールもあった。

公衆浴場につながっている源泉。1836年に建てられたそのままの姿。

手前の囲みの中が、昔ジョージ・ワシントンが訪ねて来たこともあるといわれているホーム・ステッド・リゾートの源泉だ。むこうの建物は、室内温泉プール。アメリカでは1900年代の始めから、このようなリゾートが存在していたのだ。アメリカと日本の、当時の国力の差を感じた。

リゾート・ホテル内にはこのようなマッサージ・ルームも完備されていたのだ。ゴルフやテニス、乗馬やプールを楽しんだ後は、ここでマッサージ。

シャワールームも当時から完備していた。

ホームステッドの正面のポーチにでて、ゆっくりと夕暮れを楽しみながら、会話が進んで行く。本物のリゾートを感じされてくれる。

1892年オープンの、現存するアメリカ最古のゴルフ場。

世界的に有名なプロ・ゴルファー、サム・スニードの経営するターバン。

ホームステッドでは、1892年にはすでにテニスコートも作られていた。

ホームステッドに一軒ある、伝統のあるプレズビテリアン教会、訳すると「長老教会」。

1800年代から全く変わっていないのではないかと思われる、リゾートの生活。ホテルの前から馬車に乗って町を一周。当時の人々のリゾートの生活がそっくりそのままだ。

「バコバ・ジャンクション」、に店を構える、リゾート地を販売する不動産会社の看板。

ヨーロッパの伝統を残すリゾートなので、乗馬もウェスタン・スタイルではなく、ヨーロッパスタイルで。

「バコバ・ギルド」と呼ばれる郵便受け。人口がたったの300人の土地唯一の産業だ。

ホテルではアメリカ南部の伝統的なサービスが自慢だ。

メイン・ダイニング・ルームに、ディナーの時間の予約を入れておく。

ホームステッド・リゾートのなかには、ハネムーナー用にこんなコテイジも用意されている。

「アメリカン・プラン」方式の朝食。バイキングで食べるビュッフェでは、南部の伝統を活かした料理。

毎年決まった時期に予約を入れて、自分の別荘のような感覚で泊まりにくるお得意様が多い。食事の好み、コーヒーの好みなど、お客様別に覚えていなければならない。

夕食の後は、ダンス・ホールへ。リゾートの夜はふけていく。

「ホーム・アウェイ・ホーム」そのもののサービスだ。

南部の伝統を残す「ザ・グレート・ホール」と呼ばれるロビー。南北戦争当時には、すでにこのようなモダンはホテルになっていた。

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