ワシントンD.C.

1776年に合衆国が独立した後の一番の問題は、首都をどこに決定するかだった。各州の利害が渦巻く中、フィラデルフィア、ニューヨーク、アナポリスなど各地を転々とし、ワシントンD.C.に確定したのは、なんと15年後の1791年のことだ。

コロンブスの名前をとった「コロンビア特別区」に、初代大統領、ワシントンの名前をいれて、「ワシントンD.C.(ディストリクト・オブ・コロンビア)」と名付けられたこの土地は、メリーランド州とバージニア州からポトマック川河畔の土地を十マイル四方ずつもらい受けた(バージニア州側の土地は後に返還)もの。その後、ワシントンD.C.が正式に起動し始めたのは、決定からおよそ八年後、すでに初代ジョージ・ワシントンも死んでしまった、1800年のことだ。

八年がかりで行われた都市計画の結果、大統領官邸のホワイト・ハウス、ワシントン・モニュメント、スミソニアン・インストテューションなど、広々とした公園に囲まれた政府の建物など、いかにもアメリカ合衆国の首都にふさわしい自由で開放的な雰囲気をつくりだすことに成功したのだ。

そんなワシントンD.C.の現在の悩みは黒人の人口の割合が多いこと。南部の州に比べて、人種差別が少ないため、黒人の人口が増加、全人口の70%にまでのぼってしまい、新たな社会問題にも発展しているのだ。

アメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.

都市計画の段階から、政治のための都市、として設計されているワシントンD.C.は、そこで働く政治家にとっては、とても働きやすい所のようだ。上院、下院の議員達は、専用のナンバープレイトを持っていて、駐車場でもかなり優遇されている。また、おもしろいことに、国会議事堂からすぐ隣の議員会館まで世界最短の地下鉄が走っているのだ。これは議員専用の地下鉄で、同行する秘書や招待した人さえ横を歩いて行かなくてはならないというもの。

それに対してそこに住む一般市民はどうかというと、ここは、必ずしも住みやすい都市とはいえないようだ。つまり、ここへはアメリカ全土からの代表の議員が集まっている、それに加えてアメリカ全土からの観光客も集まってくるのだ。どうしても一般住民に対する配慮は三番目になってしまうからだ。市内の駐車場もまず政治家が優遇され、次ぎに大勢で押し寄せる観光客が占領。一般市民が利用できる駐車場はほとんどない状態なのだ。そんな政治の町、ワシントンD.C.で、なるべくたくさんの公共物の写真を撮って見ようと歩き回ってみた。平日は駐車が難しい市内は、土、日曜に集中的に回ることにした。あらかじめ地図に印を付けて、順番を決める。まずは国会議事堂だ。前後左右、斜めからと、建物の外観を撮るだけで、優に一時間はかかってしまう。思ったよりも巨大な建物だ。

次はホワイトハウス。平日の午前中は、一般公開されているので、館内ツアーに参加して内部の様子を見ることもできる。私も以前に一度参加したことがあるのだが、館内ツアーといっても、有名な大統領執務室などはは絶対に見ることはできないのだ。オープンな政治とか、納税者や有権者が第一と考えるのならば、全部公開してくれればいいのにと、不満に思った記憶があって、今回はこれも外観の撮影に終始したのだ。

国務省、財務省、FBI、労働省、商務省、最高裁と順にまわり、最後に、国会議事堂の前にある、モールと呼ばれる美しい公園の中の、国立博物館、美術館群「スミソニアン・インスティテューション」へ。

よく、「たかだか200年しか歴史がないではないか」といわれるアメリカ。たしかに独立後の歴史はその通りだが、移住してきた人々にも、先住の人々にも、それ以前の長い歴史はあるのだ。それにこの二〇〇年の間にはいろいろな事件もあった。そういった事を保存し、公開している博物館は、かなり見応えのある物だった。

結局、土、日曜のまる二日間、政府機関や公共物の撮影をして回ったのだが、それぞれ数枚ずつ撮って大急ぎでまわっても、とても全部の施設は撮りきれなかった。

モールの正面、キャピトル・ヒルの上にそびえる国会議事堂。一度イギリス軍との戦争で消失しているが、1814年に再建された。

巨大なドームの真下は、歴代大統領など、国内の偉人や大事件を現す彫刻や壁画の展示ホールになっている。

1800年に完成した大統領官邸、第2代大統領アダムスが最初に使い始めたのだが、途中一度イギリス軍に焼かれてしまっている。その後再建され、外観も白く塗られてホワイトハウスと呼ばれるようになった。132ぐらいある部屋のうち、7部屋は一般にも公開されている。

サークルと呼ばれるロータリーのひとつ、スコット・サークルから、16番ストリートを通して、ホワイトハウスを見る。遠方にはワシントン・メモリアル。

ラファイエット広場との間を通る、ペンシルベニア・アベニュ側からみたホワイトハウスの表玄関。

ホワイトハウスの庭園内。館内は撮影禁止のホワイトハウスだが、ここだけは撮影が許可されている。

最高裁判所。国会議事堂の東側、ほぼ正面に建てられている。最高裁の裁判官は、大統領が指名、上院の同意を得て決定する。

ワシントンD.C.の中で一番高い建物がこのワシントン・モニュメント(高さ166m)。ジョージ・ワシントンを記念して1885年に建設された。モールをはさんで国会議事堂とむかいあっている。中には地上152mの展望台があり、エレベータで上ることができる。

ワシントン・モニュメントの南側には、1912年に東京から送られたことで有名な桜並木がある、タイベル・ベイスン池が。この向こう側には3代大統領ジェファーソンのメモリアルがある。

ゼロ・マイルストーンと呼ばれるアメリカ合衆国の道路元標。ホワイトハウスの正面にある。

16代大統領リンカーンの偉業をたたえる巨大なメモリアルが、コンスティテューション・ガーデンの西側正面に建てられている。

リンカーン暗殺現場、フォード・シアターも復元されている。

1922年に完成したリンカーン・メモリアルの中には、有名なゲティスバーグ演説の様子なども展示されている。

復元されたフォード・シアターの中。事件を保存する目的の他に、ブロードウェイのミュージカルなどの上演にもつかわれている。

舞台芸術の国際文化センター、ジョン・F・ケネディー舞台芸術センター。ケネディーを記念して建てられたもの。

キャピトル・リフレクション・プールのむこうに見える、右側、労働省、左側、裁判所。

ホワイトハウスの東側には財務省がある。その前にあるのが、ハミルトン・モニュメント。

スミソニアン・インスティテューション南側正面、にある建物は、フォーレスタル・ビルディング呼ばれる、エネルギー省の建物だ。

桜祭のパレードが行われる、コンスティテューション・アベニュに面して建つ、フェデラル・リザーブ・ボード。

アメリカの歴史の全てに関する文書、写真などをを保存している、ナショナル・アーカイブと呼ばれる、国立公文書館。

マサチューセッツ・アベニュー北西は住宅街。エンバシー・ローと呼ばれる部分には各国の大使館が建ち並ぶ。これは日本大使館。

ワシントンD.C.内で収まりきれなくなってきた政府機関は、周囲のメリーランド州や、バージニア州にも点在している。メリーランド州にある、NIH、ナショナル・インスティテュート・オブ・ヘルス。

飛行場ができる前、かつての表玄関、ユニオン・ステーション。現在は鉄道の駅の中に、新しくショッピング・モールも作られている。

ナショナル・ジオグラフィック・ソサエティーの本部。民間の地理学協会だが、世界の地図の出版物には定評がある。

マサチューセッツ・アベニュに面して建つ、ナショナル・ライフル・アソシエーション。銃の所持運動をしている民間団体の本部。

スミソニアン・インスティテューションのひとつ、エア・アンド・スペース・ミュージアム、国立航空博物館。手前がリンドバーグのスピリット・オブ・セントルイス号。右下はライト兄弟のフライヤー号。

ホワイトハウスから、ペンシルベニア・アベニュを北西にいった、ジョージタウンと呼ばれる地区。ジョージタウン大学があり、古い学生街の雰囲気を残したお洒落な所だ。

ジョージタウン大学。1789年創立の、アメリカ最古のカトリック系大学として有名だ。学生数は12000人もいるという。

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