デラウェア州

デラウェア州に入ると、至るところでファースト・ステイトという言葉を耳にする。なぜファースト・ステイトと呼ばれているのか、始めはよく理解できなかった。調べて見ると、アメリカ合衆国憲法をこの州が始めて批准したからだという。

アメリカ合衆国は独立した州の共同体なので、合衆国憲法を受け入れるかどうかは参加している州が決定権を持つ。1787年12月7日、デラウェア州は最初に受入れを決議。このことを自慢して、ファースト・ステイトを州のニックネームにしているのだ。

デラウェア州はロード・アイランド州に次ぐ小さな州である。しかし、ボストンからワシントンD.C.まで続く巨大なメガロポリスの中にすっぽりと治まっている関係から、狭い州の中に大勢の人が住んでおり、人口密度は非常に高い。

州最大の都市ウィルミントンは、世界一巨大な化学工業会社であるデュポン社の企業城下町だ。このことからわかるように、化学工業、機械、繊維、食料品の加工業が州の主な産業となっている。また、会社設立を優遇する州法があるため、銀行を始め全米の多くの大企業の本社が置かれている。

ここは工業地帯ではあるが、野鳥の数も多い。シーズン中は空一面に野鳥の飛びかう姿を目にすることができる。その情景は地上に住む人間よりも多く感じられるほどだ。

サットン・ファミリーとファースト・ステイト

先日、セントジョーンズに住む友人のジェームス・サットン氏の家を訪ねた。ここはチェサピーク・デラウェア運河の河畔にある、「ジェームス・サットン、セントジョーンズ、デラウェア」と書くだけで手紙が届いてしまうほどの小さな村だ。ニューヨークとワシントンD.C.の中間に位置している関係で、彼の家にはよく泊めてもらっていた。だが、今回の訪問は特別、彼がダック・ハンティングに連れていってくれるというのだ。

狩りの前日の夕方にサットン氏の家に到着すると、明日は三時起きだからということで、すぐに夕食。食事を終えると早々に解散だ。彼の家は、1792年に建てられた古い家で、私が案内された寝室には、1700年代のアンティークがあふれていた。注意して見ると、中には日本の骨董品も。サットン氏が親しくしている知人が日本に滞在していた頃に、買ってきたものなのだそうだ。

いろいろ眺めているうちに時間が過ぎ、あっというまに起きる時間だ。三時ちょうどに起こされた私は、意識ももうろとしたままに朝食を。寒い水の上に何時間もいるのだから、腹ごしらえをしていかなければならない。ベーコンやスクランブルエッグを半ば無理やり詰込んで、いざ出発だ。

水の上に丸太を組んで、周囲を野草で囲った畳一じょう分ほど「ブラインド」と呼ばれるものの中に入ってひたすら待つこと数時間。あたりが少しずつ明るくなってくると、周囲の水の上に何羽ものダックがいるのが見えてきた。サットン氏に教えると、くすくす笑っている。それは、ダックではなくて、おとり用の「デコイ」だったのだ。

デコイを仲間と間違えて近付いてくるダックの群れに向けてサットン氏が銃を構える。なんとか私に写真を撮らせてあげようと、ぎりぎりまで引き付けてくれてくれるのだが、弾の早さにはどうしても付いて行けない。その朝、彼が3羽のダックを打ち落とす瞬間、私は結局一枚の写真も撮れなかったのだ。

ハンティングの後は落下地点を通ると、サットン氏のアシスタント、名犬のリトリバーがダック持ってきてくれた。

ひと仕事を終えた気分の私にサットン氏は、これからファースト・ステイトを案内してくれるという。喜んで着いて行くと、まずウィルミントンの町を一回り、ウィリアムペンが上陸した町、ニューキャッスルにちょっとよって、あとは州都ドーバーへ。「これでデラウェアの全部です」というのだ。

まだまだ陽は十分高いというのに。

化学工業の州、デラウェア州にはおおきなプラントがたくさんある。

ウィルミントンに本社がある化学工業会社、デュポンの本社ビルの一部。

デュポン社は、代々築いてきた富を、社会に還元することにも力を入れている。ウィニターやロングウッド・ガーデンといった庭園も一般公開されている。

ニューヨークの方から、東海岸を海岸沿いに走る大動脈、インターステイト95号線を走り、デラウェア川にかかる巨大なデラウェア・メモリアル・ブリッジ。ここを渡るとデラウェア州だ。

州都ドーバーの州議事堂。ここで決められた州法によって、会社の本社に対する優遇処置の法案が制定されたのだ。現在、州内には6万社もの会社の本社が置かれている。

後にペンシルベニア植民地の指導者となった、ウィリアム・ペンによって作られた美しい州都の建物群。

ニューキャッスルは、最初に州都の置かれた町で、ウィリアム・ペンが上陸してきた所でもある。

古い港町、ニューキャッスルには、いまでも当時の町並みが多く残っている。2階の窓にあった、通りの様子をうつす鏡。

六角形のニューキャッスル・ライブラリー。1812年から1891年までに市民図書館として使われていたようだ。

サットン氏の家にあった骨董品。窓のカーテンも、日本の昔の帯のようだった。

最初にサットン氏を紹介してくれたのは、ランカスターを案内してくれたドーティーおばあさんだ。

1792年にジェームス・サットン氏の先祖が建てた家。代々薬局を経営していたサットン家だが、現在のサットン氏は、化学工業会社のサラリーマンだ。

サットン氏の趣味、ダック・ハンティングのための野鳥生息地の地図が、暖炉の上に飾られていた。

先祖から伝わるハンティング用の銃。かけておく場所は、勝手口のドアの上と決まっている。

書斎のデスクの前には、南北戦争当時のサーベルがかけられていた。

あたりが明るくなってきて、上空にダックの群れが見えてきた。周囲の水面で羽を休めているように見える「デコイ」につられて近付いてくるダックを打つのだ。

狭いブラインドの中で、何時間も待った。ハンティングにはいつも連れてくる、リトリバー犬とサットンさんと私、2人と一匹で一畳のところに隠れるのだ。

この群れが間違えて降りてくるのを待つ。

早朝ハンティングの結果を仲間どおしで報告しあうのも楽しみのひとつ。

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