マサチューセッツ州

バージニア州、ペンシルベニア州とともに、アメリカ合衆国が始まった所として知られる、マサシューセッツ州では、州のあり方や、人々の暮らし方にも、そういった自負が感じられるようだ。

ボストンに近い、プリマウス湾近くの土地は、1620年に、ピルグリム・ファーザーズという、キリスト教の一派が最初の恒久的な植民地をつくった所。最初に植民地として名乗りをあげたバージニア州ジェームスタウンが、途中で消滅してしまっている関係から、アメリカで古い歴史を持つ州として認められている。

1773年の」ボストン茶会事件」がおき、続いて1775年にはレキシントンで、独立革命の最初の流血事件がおきている。このように、アメリカの独立の歴史とともに歩んできた州でもあるのだ。

早くからアメリカの中心的立場をとってきたマサチューセッツ州は、芸術・文化の面でもアメリカの中核的な存在となり、ボストン郊外には、アメリカ最古の大学であるハーバード大学、マサチューセッツ工科大学、ボストン大学など多くの教育・研究機関が集中している。

伝統的な町並や、史跡も多く、世界でも一流のボストン交響楽団を持っている。現在、「マサチューセッツ州の奇跡」と言われるほどの発展をとげているのだ。

アメリカ史をひとまわり

マサチューセッツ州ボストンは、アメリカ随一の頭脳を持つ都市として全米で知られている。地元の人たちもそのことがよっぱど自慢であるらしく、ボストンの道路標識には」アメリカス・テクノロジー・ビギン」と書かれているほど。同時に芸術の面にも力をいれており、日本美術のコレクションでは世界一を誇るボストン美術館、小沢征爾の指揮で知られるボストン・シフォニー・オーケストラの本拠地でもある。

しかし、なんといってもボストンの魅力といえば、町中にあふれるアメリカの歴史だ。高速道路も走り、高層ビルが立ち並ぶ町になっているが、今なお、いたるところにアメリカの歩んできた道を物語るものがあふれているのだ。そんなボストンの町で、アメリカの歴史を訪ねてみようと思った。

そんな私の考えを簡単にかなえてくれる便利なものを見つけた。それは、「フリーダム・トレイル」と呼ばれるウォーキング・ツアー用のトレイルだ。古い町の特徴でもある、わかりずらい道路に、赤い線を引き、その上をたどって歩けば、一日で見所を全部回れてしまうという、便利なシステムなのだ。

まず最初は、一六三四年につくられ、ボストンの町とともに歩んできた、ボストン・コモン公園をスタート。続いて独立宣言書が最初に読み上げられたという、「オールド・ステイト・ハウス」のバルコニー、とボストン虐殺の現場へ。タウン・ミーティングが行われていたというファニュエル・ホールにクインシーマケット、レキシントンでのイギリスとの戦いの英雄、ポール・リビエールの自宅に立ち寄り、最後はボストン茶会事件の船を訪ねて終り。

これだけの名所を一度も迷うことなくスムーズに歩けた私は、さすが頭脳の町、観光に対するアイディアも素晴らしいものがあるとつくづく感心してしまった。

翌日は郊外に足をのばすことにしてみた。郊外にもアメリカの歴史はたくさんある。1620年、清教徒の人々がヨーロッパからメイフラワー号に乗ってやってきた当時の生活を再現している場所には、メイフラワー号をつないだ岩や、メイフラワー号と同じサイズの船をイギリスで造らせ、実際に大西洋を越えて持ってきたという船も停泊している。イギリス軍との戦いが行われたレキシントンも当時のままだ。コンコルドには、現在でも1716年に建てられた、コロニアル・インが残されていて、いずれもついこの間のできごとのように感じさせられる所ばかりだ。

大忙しの観光だったが、おかげで、アメリカ合衆国が独立するにあたっての、めまぐるしい日々をあらためて実感することができた、充実した二日間だった。

ボストンの目抜き通りのひとつ、ボイルストン・ストリートには、古い町並みと、最先端のビルが共存していた。ジョンハンコック・ビル。

小沢征爾が指揮をする、ボストン・シンフォニーのすぐ前の地下鉄の駅は、「シンフォニー」駅。

ボストンでは、通りも古い町並みのままに残されている。ダウンタウン近くのニューバリー・ストリートは、外観は古い歴史をそのままに残しながら、中身は最先端をいくファッションの店になっていた。

ダウンタウンの建物も、少しずつ新しいビルに変わってきているが、伝統と格式を大事にするニューイングランドの代表都市、ボストンでは、その中にもヨーロッパ的な落ちついた町づくりを心がけている。

ボストンは、入植者の達のヨーロッパへの夢を感じさせる町だ。

ボストン郊外のジャマイカ・ポンド。都市計画の中には必ず公園が含まれている。

町と一緒に歴史を歩くボストン・コモン公園の赤い線は、歴史探訪のフリーダム・トレイルの出発点でもある。

赤い線だけはなく、番号もついている史跡は、パンフレットで詳しい説明を読むこともできる。

イギリス軍の攻撃を、レキシントンまで早馬で知らせたポール・リビエールの自宅。

高層ビルに囲まれた、オールド・ステイト・ハウス。植民地時代の1713年に建てられ、ここで独立宣言書が読まれた。

ファイブ・ハンドレット・ボイルストン・ストリートの建物の正面玄関。町並みとの調和を第一に設計されている。

日本美術のコレクションでは世界一を誇る、ミュージアム・オブ・ファインアーツ・ボストン、ボストン美術館。

イギリス本国が植民地の同意なしに増税をしたのに抗議して、茶箱をボストン港に投げ捨てたという、ボストン茶会事件の再現。

独立に向けての会議を何度も開いていたという、ファニュエル・ホールの前にある、クインシー・マーケット。ここでは子供達がピザ会議中。

北大西洋漁場の近くは、シーフード・レストランも評判だ。オイスターと、クラムチャウダーは最高だ。

クインシー・マーケットのなかでも、150年以上前にオープンしたダーゲン・パーク・レストランはボストン名物だ。

ダーゲン・パークでは、ヤンキー・ポットローストとインディアン・プディング、Tボーン・ステーキが売り物。

ダーゲン・パーク・レストランの看板「あなたのひいおじいさんが1世紀以上も前にひいきにしていた店でした。もちろんあなたが生まれる前から開店しています」。1826年のオープンだ。

メリーランド州ボルティモアのインナー・ハーバーを見習った、港町倉庫街の再開発。日本の竹芝桟橋もこれをまねているようだ。

ファニュエル・ホールやクインシー・マーケットなどの保存を心がけることが、ダウンタウン再開発の第一条件だった。

ボストン南部、プリマウス湾内のメイフラワー2世号。1957年に、当時と同じ手法でイギリスで建造され、大西洋を渡ってやってきたものだ。当時の衣装をきて航海の様子を説明してくれた。

メイフラワー号の乗組員、102人の生活は、プリモス・プランテーションへ行けばわかる。そこでは、1627年当時の村の様子が再現してある。

ボストンから南西へ80キロほど言った所、コネチカット州との州境、スターブリッジにある、オールド・スターブリッジ・ビレッジ。1830年代のニューイングランドの普通の村を再現した、野外歴史博物館だ。

メイフラワー号がプリマウス湾にたどり着いた時につながれた岩「プリマウス・ロック」。1620という数字が彫られている。

1775年、レキシントンでイギリス軍との独立戦争に参加した大陸軍の兵士、「ミニットマン」の像。

ミニットマンがイギリス軍の進撃を止めた町、コンコルドに残る、1716年のコロニアル・イン。

≪≪前へ  目次  次へ≫≫