ニューヨーク郊外の住宅地の日常生活

観光旅行でアメリカを訪ねても、なかなかアメリカ人の実際の日常生活を知るのは難しい。ツアーなどに参加した場合は、大抵は空港から都市のダウンタウンまで直行してチェックインし、翌日からバスの窓越しに名所旧跡を眺めるだけで終わってしまうということも多いに違いない。

ツアーによっては「ホームステイ」形式のものも最近はあるようだが、これとて滞在する家庭によってその体験は大きく異なるだろう。そこでアメリカの典型的な中流家庭の生活ぶりを多少でも理解できるように、フォト・ストーリーを組んでみた。主人公はニューヨークの郊外に在住のアトウッド一家である。数年前に亡くなったアドウッド氏は東部名門大学を卒業、ニューヨークに本社のある全国ネットのテレビ局の部長を勤め、退職した後は悠々自適の生活を送っていた人だ。二五年前、私が最初にアメリカを訪ねたときに、彼の家に1年程居候させてもらい、家族の一員として生活をともにしたのだ。それ以来、アメリカ東部を訪れるときはここをベースキャンプとして利用させてもらっている。アトウッド氏がいなくなった現在でも、彼の未亡人がなにかと優しくしてくれるのだ。

アトウッド氏の家があるニュージャージー州北部ウェスト・コールドウェル一帯は、ニューヨーク市へ勤めにでるサラリーマンのベッドタウンとして注目を集めている。ここはニューヨークからハドソン川をニュージャージー州側へ渡るジョージ・ワシントン・ブリッジか、リンカーン・トンネルを渡りきった所にある町だ。

近くのフォートリーの町には最近、ニューヨーク駐在の日本人も増えてきている。従来、彼らはマンハッタンの東側にあるニューヨーク州ロングアイランドやニューヨークのケネディ空港の近郊に住むことが多かったのだが、近ごろは治安や環境のいいこの地区に移り住むようになってきたのだ。この辺りはもう大都会の喧噪からも離れ、庭には野生のリスやラクーンが現れたり、近くの森には鹿もいるという自然がまだ多く残されている。

ベッドルームが三つある一戸建て住宅が3000万円から5000万円の価格で購入できるという、この近くにはモントクレヤーとかエッセクスフェルスといった超高級地も広がっている。アトウッド氏の場合は十九世紀の初めから祖先代々がこの地に住み続けているで、このあたりでは古参のぶるいのようだ。もともとは農家だったこの家を買い取った物で、家の外壁には1804年と刻まれていた。高級住宅街を含むこれらの地区は、プライバシーに対する配慮も厳しい。よそ者がカメラをぶら下げてうろうろしていると、すぐにパトカーがやってきて職務質問を受けるはめになる。何気ない風景写真でも、撮影する時には、あらかじめ地元の警察の許可をとっておく必要があるようだ。

もっとも」オープンハウス」の時は例外だ。オープンハウスは自宅をすみずみまで開放して、家に招くというもの。アメリカでは、お祝いのときとか、特別なゲストが泊まりにくるときにも」オープンハウス」という形をとる。この日ばかりはアポイントなしでその家を訪ねることができるのだ。

さてそれではアトウッド・ファミリーの家庭の様子を写真で「オープンハウス」してみることにしよう。

ニュージャージー州北部の住宅地は、日本と同じように、四季の移り変わりが楽しめるところだ。紅葉の波は、ニューイングランド地方から、次第にこのあたりにやってくる。

冬の寒さはだいたい北海道と同じくらい。そして春には美しい緑と美しい花がこの住宅地を飾るのだ。

クリスマスの時期は、一面銀世界だ。クリスマスのデコレーションにも力が入る。

住宅地の目抜き通りでは、さまざまなパレードが行われる。これは、先祖をしのぶメモリアル・デーのパレード。

日本のような、新聞配達のシステムはないと言われるアメリカだが、ここで新聞少年を発見した。家と家の間が離れているので、ビニール袋にいれてこの通り。

小学校の登下校に交通整理をしてくれる、緑のおばさんもいる。この地方では、通学時間帯は自動車のスピード制限がほかの時間帯の半分以下にされているのだ。

郊外の住宅地では車は必需品。車のない生活は考えられない。そのため、こんなドライブ・スルーの銀行まである。

スーパーマーケットのレジ。ほとんどの家庭では食料品は一週間分まとめ買い。金額が高い分、レシートのチェックも厳しいようだ。

レジで袋にいれた日用品や食料品は、ショッピング・カートに積んだまま車まで持っていく。

週末は、近くの市営プールで一泳ぎ。遠くへ出かけるのは、長い休みのときまでとっておくのだ。

春のアトウッド邸は、周囲の美しい自然と夜の美しい草花に囲まれていた。1804年に石壁の部分が建てられ、何度も増築されて今日の姿になったという。

零下20度位まで気温が下がることがある。クリスマスカードを作ろうと、カメラに三脚を付けて長時間露光。クリスマス・デコレーションの豆電球を全部の窓につけた。

真夏のアトウッド邸。出入りにはキッチンのドアを利用することが多い。

訪ねてきた孫娘が、庭の掃除やフェンスのペイントなど、家の手入れをしてくれた。

離れになっているガレージ。ドアが2つあり、車が2台納まる。

秋の落ち葉の後始末は大仕事なので、町の植木屋さんが来てくれる。

お客様が来たときだけ使う応接室。アトウッド氏はここをリビング・ルームと呼んでいる。週に1度、掃除サービス会社の人が掃除しにきてくれる。

2階のマスター・ベッドルーム。2階立てのアトウッド邸は、2階に3部屋、1階に1部屋というように、計4つのベッド・ルームがある。

キッチンは、家族のたまり場だ。テーブルを照らすライトには、アトウッド氏が作ったステンド・グラスのかさがかぶせられている。暖炉の壁にはペンキが塗られ、その壁の前には「ストーブ」と呼ばれる電気コンロがセットされている。

部屋の壁には先祖代々の写真が飾られている。アメリカの家庭では、家族のポートレートなどを飾ることが多い。

1年間の収穫に対するお礼の意味を込めた盛大な感謝祭の夜。アメリカの伝統料理のターキー、七面鳥を食べるのが」サンクスギビング・デー」だ。感謝祭のメイン行事で、翌日からクリスマスの準備が始まる。

表玄関のポーチと呼ばれるデッキは、夏の間は冷房がなくても涼しい。防虫網を張り、夏を迎える準備は整った。

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