ネブラスカ州

西部へ向かった幌馬車隊の道、オレゴン街道のある州。大平原の真ん中、ホームステッド法の保護のもと、開拓者達の努力の結晶ともいえる、見事な農地や牧草地が広がっている。

州の真ん中を東西に流れるプラット川を、インディアン達は、平坦な水という意味の、「ネブラスカ」と呼んでいた。そこから名前をとったネブラスカ州は、その名の通り、起伏が少なくほとんどが平地の州である。

農業が中心のこの州は、コーンの生産量が全米第四位、牧畜業もさかんで、」ビーフ・ステイト」というニックネームも持っているほど。

1862年、「ホームステッド法」という、農民に農地を格安で提供するという法律が制定された。翌1863年、ダニエル・フリーマンが160エーカーの農地を十ドルで買い取ったのをきっかけに、この一帯の農地開発に火がついたのだ。

しかし農地として適している土壌を持つ反面、平坦な土地が災いして、強風による被害も続出した。これをなんとか防ごうと、計画されたのが大規模な植林だ。その結果現在、この地方は世界最大の人工の森を持つ州になったのだ。

開拓時代、ひたすら西へと向かった幌馬車隊が通ったオレゴン街道には、今でも当時の幌馬車のわだちがくっきりと残っている。ここを通った開拓団は、1850年だけでも、5万5千人にのぼったともいわれている。彼らはこの先に待っている最大の難所、ロッキー山脈のことを考え、この穏やかな土地で最後の準備と心構えをしていたにちがいない。

現代版カウボーイの町、オマハ

最近では衰退の一途をたどっているシカゴの屠殺場や牛の取引市場をしりめに、現在でも活発に取引が行われているという、オマハ。そんな様子をぜひ写真に納めたいと思った私は、広大な土地でダイナミックに牛を追い、はるばる取引市場へとやってくるカウボーイの姿を求めてオマハへやってきた。

しかし、私が取引所へ到着したときにはすでにせりは一段落した後。最後にせりおとされた牛たちが、トラックに積み込まれているところだったのだ。後から知ったのだが、以前は、一日中せりの声が響いていた取引所も、最近では業者がコンピューターを導入、せりへ来る前に、買い取る牛も買う価格も決めてあるらしいのだ。そのお陰で、せりの時間が著しく短縮されたというわけだ。

すっかりあてがはずれて、思ったような写真がとれないことがわかった私は、予定を変更、オマハ市内にある、大陸横断鉄道完成を記念してつくられた博物館へ行ってみることにした。

オマハは、鉄道マニアなら誰でも知っている、ユニオン・パシフィック鉄道の本社があるところ。この会社は、東西それぞれから延びてきていた鉄道をつなぎ、大陸横断鉄道を完成させたところだ。そして本社内にある博物館はこの偉業を記念したもので、中には最後の枕木に打ち込んだ最後の釘が」ゴールデン・スパイク」と名付けられてが展示してあった。

この広いアメリカ大陸を一直線につないだ線路には、いったい何本の釘が使われていたのだろうか。一本一本打ち込んでいった、当時の人々の労力をかんがえると、なんだか気が遠くなりそうだ。

次に向かったのは、アメリカ空軍の中枢機関」ストラテジック・エア・コマンド」、通称「SAC」の戦略空軍指令部の基地。最新の極秘施設に属するこの空軍基地は、さぞかし警備もきびしいものと覚悟していったのだが、以外に解放的だ。一般の人々にその働きをPRするための博物館まで隣接しているではないか。さすが情報公開の先進国アメリカ、やることが違うと感心してしまった。

博物館の中には実際に使用された数々の「SAC」が展示されている。大陸横断鉄道の時代がすでに過去の一時代というのならば、ソ連が崩壊し、東西の冷戦が終結したと言われる現在、これら戦闘用の航空機が使われている今の時代も早く過去のものになって欲しいと望んでやまない。

何十年か後にここを訪れた人が、「このような飛行機が使われた不幸な時代があったのだよ」と子供達にいえるような、そんな時代がくればよいのだが。

現在のオマハは、中西部の商業都市として、家畜の取引、食肉のパッキングなども盛んにおこなわれている。

アメリカ最後のカウボーイ、バッファロービル・コーディーはネブラスカの英雄だ。

ネブラスカの人々は風の強い、荒れた大平原を、植林によって優れた農地へと変えて行った。州の東部、オマハのあたりは、大豆の名産地。

穀物取引も盛んなオマハ。州中央部の穀倉地帯で見つけたグレーン・エレベーター。

全米第4位を誇るコーンの生産量。

家畜飼料用の干草。ここは牛肉の産地でもある。

オマハは、中西部の家畜取引所「ライブ・ストック・マーケット」の中心地。鉄道やトラックで運ばれてきた家畜は、囲いの中にいれられてせりを待つ。せり落とされた家畜は再び、新しい持ち主のトラックで運ばれて行くのだ。

家畜の競りが開かれる「ライブ・ストック・マーケット」。

右上に見える競り市場でせりおとされた牛が、トラックに積み込まれるのを待っていた。

家畜の競り市が開かれる中西部の各都市の出来高が表示されている。

現代のカウボーイは、大型トレーラーでやってきて、さっと牛を積み込んで行ってしまう。

オマハのもうひとつの目玉は空軍基地。地下に巨大な戦略空軍指令部を持つ」SAC」は、その活動の一部を一般に公開している。「SACミュージアム」に展示されていた「ブルー・スカウト」。

「SACミュージアム」にあった、地下の戦略空軍指令部の模型。

ミュージアムに隣接するオファット空軍基地。

現在では第一線を退いているダグラスC−124機。SACミュージアムにて。

古くなった戦略空軍の戦闘機や爆撃機、輸送機などが展示してある。

オマハ市内のドッジ・ストリートと15番ストリートの角に建つ、ユニオン・パシフィック鉄道の本社ビル。アメリカ最初の大陸横断鉄道を完成させた会社だ。

ユニオン・パシフィック鉄道の本社ビルの中に、大陸横断鉄道の完成を記念する博物館がある。

ユニオン・パシフィック鉄道の博物館には、リンカーン大統領が選挙キャンペーンに使用した列車や、暗殺された後、葬儀に使用した列車も展示しある。

太平洋側と大西洋側を一本の鉄道で結ぶことは、当時の人々にとっては画期的なことだったようだ。大々的なキャンペーンのポスターもコレクションのひとつ。

1869年5月10日、ユニオン・パシフィック鉄道と、サザン・パシフィック鉄道の線路が、ユタ州のソルトレークシティ郊外で結ばれた。最後の一本の犬釘は金で作られ、「ゴールデン・スパイク」として展示されている。

ユニオン・パシフィック鉄道の本社内にあった宣伝ポスター。

博物館に展示されている「ゴールデン・スパイク」。

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