サウス・ダコタ州

北隣のノース・ダコタ州と混同される事も多いサウス・ダコタ州だが、アメリカ合衆国のシンボル、歴代大統領を記念するマウント・ラッシュモアがあるところでもある。

ノース・ダコタと一緒にルイジアナ・パーチェス(ルイジアナ購入)によって、フランス領からアメリカ領になったサウス・ダコタ州は、もともとはダコタ準州として一つの州だったせいか、今でもよく、一緒にされたり間違われたりしている。ダコタとはインディアンの言葉で「友人」の意味。そのせいか、あのケネディー大統領でさえ、演説の時に二つの州を混同してしまったほどなのだ。

州の南西部にあるブラック・ヒルズで、インディアンのスー一族によって金鉱が発見されたのが1800年代の中頃、その後西部開拓史上有名な、カスター将軍によってスー族の追い出し作戦が始まった。最後にモンタナ州でカスター将軍が敗北するまで、この辺りは争いが耐えなかった土地でもある。

現在、その金鉱跡は、ゴースト・タウンになり、観光地として人気を博している。また、このブラック・ヒルズのなかの一つ、マウント・ラッシュモアは、その頂上に掘ってある、歴代の名大統領の顔で有名。国立公園にも指定されていて、一年中観光客の絶えない所だ。誇り高いインディアンのスー族は、アメリカの歴史は、合衆国が始まる前からのもので、自分たちの偉大な酋長だったクレージー・ホースこそが歴史のシンボルだと主張、マウント・ラッシュモアの近く、サンダーヘッド・マウンテンに、何十年もかける予定で、彼の像の彫刻が始まっていると言う。

アメリカの顔マウント・ラッシュモアと西部の荒野バッドランズ

あの巨大な岩に彫られた大統領の顔をこの目で見ないうちは、何十回アメリカを訪ねても、アメリカ通とは言えないと思っていたわたしは、一日でも早くマウント・ラッシュモアを訪ねて見たかった。しかし、広大な砂漠のど真ん中にあるマウント・ラッシュモアへは、なかなか訪れるチャンスがなかったのだ。ある時、ニューヨーク郊外においてあったキャンピングカーを西海岸へ移動しなければならないときに、どうせならと思いサウス・ダコタを通る道を選んだ。

ラピッド・シティーに泊って翌日、見ることができるはずだったマウント・ラッシュモアの頂上は一面黒い雲。3,000kmも走り続けてきたのにと、落ち込んでいると、見る見るまに雲が切れてきた。雲の間から、あのリンカーンの顔が見えてきたではないか。そしてカメラを構える間もなく再び雲の中へ。まるでまた出直してきなさいとでもいうような、あっけない初対面だ。

そして二度目の対面は、キャンプ大会の途中で。朝日のあたるマウント・ラッシュモアを撮影したいと思っていた私は、前日の夜は7時に就寝。翌日3時に起床、真っ暗な中、現地へ到着、三脚を抱えて展望台へ向かい、ひたすら日の出を待った。

すると、なにやらまわりが慌ただしくなってきた。大統領の顔の前にロープをはったり、そのロープを下りてくる人がいたり。前回は雲に邪魔されて、今回は人に邪魔されてしまうのかと思って回りの人に聞いて見ると、なんと、今日はリンカーンの像ができてから、ちょうど50年の記念日とのこと。ロープは、リンカーンの像の前に国旗を掲げるためのもので、マウント・ラッシュモアに星条旗が掲げられるのは何十年かに一度。偶然撮影に来た私は、とてもラッキーだったのだ。

「バッドランズ・ナショナル・パーク」は、ラピッド・シティーから東へ行ったところにある国立公園。地球上にこんな不思議な所があるものかと感心するような所で、過去の開拓時に、西部の自然破壊を繰り返したことに対する反省の意味も込めてか、そのままの姿を保存してある。

野生のバッファローがいることで知られる「カススター・ステイト・パーク」では、その姿を撮影しようと出かけて見た。ファインダーをのぞいてバッファローの目を見ると、目と目があってしまった。いくら囲いがあるとは言っても細い鉄条網が数本だ。音をたてないようにそっとシャッターを押し、いざと言うときには三脚で防戦しようと身構えながら後退り、やっとのことで車までもどったのだった。

マウント・ラッシュモアは、山の頂上を岩を利用した巨大な彫刻だ。アメリカを代表する観光名所。彫刻に適した岩山とはいえ、4人の顔が彫り上がるまで14年間かかった。

ヘリコプターでマウント・ラッシュモアの上空へ。手前がジョージ・ワシントン。画面で見えないのがジェファーソンとテオドール・ルーズベルト、そして一番右側がリンカーン。グッゾン・ボルグルムという彫刻家が1927年に開始、14年の歳月を費やしたものだ。

スー族のインディアンがグラック・ヒルズと名付けた州南西部一帯は、マウント・ラッシュモアのような岩山が続く。その東側にはバッドランズ国立公園が広がるのだ。

バッドランズ国立公園の地形は、地質が柔らかいため、他の土地に比べて浸食の進むのが早かったようだ。地球の変化の様子が分かりやすく表現されているようだ。

雨風による浸食が進んだ姿。バッドランズ国立公園。

ただの「荒野」を保存しているだけ国立公園。公園入り口には、国立公園局のエンブレムが表示がある。

バッドランズ国立公園の中では、指定された道路以外の道路への乗り入れは禁止されている。

バッドランズ国立公園で自然と対峙していると、人間の存在がとても小さなものに感じられた。公園の展望台から。

雨の降った翌日は、水によって浸食された砂はだが分かりやすく見える。

紀元前から、少しずつ地球のでき上がってきた様子がこの地肌をみると理解できる。

バッドランズの地形から、人間が生活可能な地域への境界線あたり。

「ハード・オブ・バッファロー」と呼ばれるバッファローの群れ。マウント・ラシュモアから南へ下ったところにある州立公園、カスター・ステイト・パークでは、野生のバッファローを見ることができる。西部開拓時代の前は、アメリカ全土に生息していたバッファローも、乱獲の末に、現在では絶滅の危機に瀕している。

一応囲いの中に入れられているとはいえ、1枚の写真を取るのも必死だ。

子供達にも、野生動物の大切さを教えたいと、ここまでやってきた家族。

カスター・ステイト・パークで見つけた、地面の下に穴を掘って生活するプレイリー・ドッグ。

1800年代の中頃、西部開拓団の幌馬車隊が西部へ向けて通り抜けていったこの辺りは、定住する人は少なく、いったん西海岸までたどり着いた人がもう一度戻ってきて住み着いたのだ。

カスター・ステイト・パーク内には、野生のロバもかなりいるようだ。人間が近づくと、人なつっこそうに近づいてきた。

西部劇映画「西部開拓史」の撮影現場。

夕方の野生動物の姿を求めて、カスター・ステイト・パークを訪ねた。

1874年のゴールド・ラッシュ以来、西部の町として栄えてきたブラック・ヒルズ一帯。一時はゴースト・タウン化してしまったが、最近は新しい観光名所として大勢の人がやってくるようになった。

西部開拓時代の面影が残るゴースト・タウン、デッド・ウッド。

デッド・ウッドの西部開拓時代を思わせる「サルーン」。

「オールド・タイム・フォトス」といって、当時の衣装を来て、セピア色に着色した写真をプリントしてくれるデッド・ウッドの写真館。

デッドウッドには、1980年までオープンしていた売春宿もある。現在は観光ツアーのコースになっていた。

当時、実際に働いていた人がガイドをしてくれる「売春宿ツアー」。ベッドルームも当時のままだ。

「売春宿ツアー」で、ベッドルームにならんでいたなにやら不思議なもの。

デッドウッドの表通りに新しくオープンしたカフェの呼び込みの女性。

「売春宿ツアー」で訪ねたベッドルームにかけてあった一枚の絵。これも当時からのものだ。

≪≪前へ  目次  次へ≫≫