オハイオ州

オハイオ州は、ミシシッピー川の支流であるオハイオ川と、五大湖のひとつエリー湖の間にあり、東部13州に続き、中西部の中では一番早くアメリカ合衆国の仲間入りをしたところ。そのため、開発に着手されるのも早く、多くの都市で様々な産業が発展、アメリカ国内有数の工業州として君臨することになったのだ。

製鉄業や石油産業の町、エリー湖畔にある州最大の都市、クリーブランド。そしてすぐ近くのアクロンは自動車タイヤを始めとするゴム製品の生産の町だ。伝統的にガラス工業が盛んだったトレドは、自動車のフロントガラスの生産で発展してきた。最近では郊外に作られたホンダの工場の方が有名になってしまった州都コロンバスは、アメリカ最初のショッピングセンターが作られた所。

州の南の方には、ライト兄弟で有名なデイトン。その郊外のホフマン・プレイリーには、エンジンを付けた飛行機の実験場が。そしてオハイオ川に面したシンシナティーは遠くメキシコ湾のミシシッピー川河口、ニューオリンズからの外輪船がやってくる港町で、シンシナティー・シンフォニー・オーケストラでも知られている。

このように多くの製造業があり、、なおかつ歴史にあふれているオハイオ州は、不況にも負けずに、中西部の中の文化、経済の中心となる州としての地位を確立しつつある。

オハイオ川河畔の文化都市、シンシナティー

古くからの港町シンシナティーは、自分の町の魅力を良く知っている所。河畔に並ぶシンシナティー・レッズの本拠地、リバーフロント・スタジアムや、コンベンション・ホールのリバー・フロント・コロシアムなども、オハイオ川側から見た時のイメージを、実によく考えられて作られている。また、河畔の小高い丘マウト・アダムスは、芸術家の多く住む町で、昔ながらのシンシナティーの雰囲気がたくさん残っている。この古い港町は、立ち寄るたびに私を魅了してくれるのだ。

私にとってこの町はアメリカを横断する際に、必ずと言っていいほど通る所だ。他にもハイウェイは何本もあるのだが、なぜかここを通るハイウェイを選んでしまう。理由は2つ、1つはもちろんシンシナティーの町が好きだから、そしてもう一つは、友人のマーチが住んでいるからだ。

車でデイトンまでやってきた私は、いつもお邪魔して申し訳ないので素通りしようと思い、せめて電話だけでもと彼の家をよんでみた。私の声を聞いた彼は、そこまできているのならば、大急ぎでいらっしゃいという。夕方から、シンシナティー・オーケストラの演奏会が、オハイオ川河畔のリバー・ダウンズ・レース・トラック競技場近くに新しくできた、リバーベンド野外シンフォニー・ホールで行われ、彼はその前に催される、ヨーロッパから来ている指揮者とのパーティーに招待されているらしいのだ。彼は私にそのパーティに一緒に出席して欲しいという。

大きなトレーラー式のキャンピングカーをひきずりながら、大急ぎでシンシナティーへ。なんとかマーチ家へ到着、まっすぐゲスト・ルームへ入ると、シャワーを浴び、ネクタイをしめ、ジャケットを着た。10分後には無事、マーチ氏の車に乗り込んでいたのだ。

オーケストラのスポンサーでもある指揮者を接待する目的のこのパーティーでは、オーケストラメンバーも彼へのサービスで大変そうだ。その分、本番のコンサートはのびのびとしたもの。久し振りに地元に戻ってのコンサートのためか、全員水を得た魚のようにはつらつと演奏していた。

ローマの将軍からその名前をとったという、シンシナティーでは、そのローマ時代の野外演奏会場に見立た野外コンサート場が作られていた。

オハイオ川をいく外輪船。

シンシナティーを代表する産業は化学工業。プロクター&ギャンブル社の新オフィスビルは、町のシンボル的存在。

ダウンタウンのオフィスビル街の真ん中にあるファウンテン・スクエヤーは、シンシナティー市民のたまり場。

ダウンタウンの展望台、「クルー・タワー・ビル」に上って見ると、オハイオ川河畔に作られた都市のようすが手にとるように見える。河畔にはリバーフロント・スタジアム、その向こうにリバーフロント・コロシアムなども見える。

南隣のケンタッキー州のニューポートにある、ジェームス・テイラー・パークから見えた、リバーフロント・スタジアムのナイターの明り。

ニューオリンズから逆上ってくる外輪船が、町の前、オハイオ川のパブリック・ランディングに横付けされる。

バス路線網にも力を入れている様だ。ダウンタウンのバスターミナル。

マウト・アダムスのふもと、エデン・パークは、シンシナティーの文化施設が集められた所。20年以上前に、私の写真展を開いてもらったことがある。

スラム化の危機にさらされているダウンタウンの一部で、見事生き返ったのが、「ミュージック・ホール」だ。

市民のための美術館、シンシナティ・アート・ミュージアムは、いつでもだれでも、世界最高水準の芸術作品に接する事ができる所。

ダウンタウンの道路も、文化都市シンシナティーにふさわしいデザインだ。

ファウンテン・スクエヤーに隣接するオフィス・ビルの一角を使って作られた、コンテンポラリー・アーツ・センター。

古くなり斜陽化をたどっていた映画館も、新しい芸術作品に接する場所としての再開発の対象になっている。

豪華な駅舎、ユニオン・ステーションも、その再開発後の使い道に苦慮していたが、複数の博物館がはいることが最近決定したようだ。

鉄道全盛の時代には、ここが町のおもて玄関だった。駅前からシンシナティーのビル群が見える。

文化都市シンシナティーを代表するユニバーシティ・オブ・シンシナティー、シンシナティー大学。

この建物は、全米各地に建っているユニオン・ステーションの中でも、ユニークな設計で知られている。

1819年創立のシンシナティー大学。アリゲーニー山脈の西側にある大学の内で、音楽、法学、薬学の3学部は最も古い歴史を持っている。学生数3万5000人。

オハイオ川河畔、リバーベンドの野外シンフォニー・ホールで行われた、シンシナティー・シンフォニー・アンド・ポップス・オーケストラのコンサート。地元市民が世界に誇る地元のシンフォニー・オーケストラの演奏会には、たくさんのひとが訪れていた。

ピクニック気分で楽しめるコンサートでは、夕日が沈む頃の芝生席の雰囲気が最高だ。

ローマの野外劇場のイメージでつくられたリバーベンドのシンフォニー・ホール。

一年に一度の地元オーケストラの野外コンサートは家族全員が楽しみにしている。

シャッター音が演奏の邪魔をしないようにとの注意付きで、特別に撮影の許可をもらった。

オハイオ川河畔の丘の上や、坂の途中に見えるのが、マウント・アダムスの住宅地だ。正面にオハイオ川を望み、夕方にはオフィス街の夜景も見える、最高のロケーション。

マウント・アダムスの急な坂道で見つけた住宅。入り口が急な坂のために、こんなケーブルカーまで用意されていた。

サンフランシスコの住宅地を思い出させてくれるマウント・アダムスの住宅地は、シンシナティーで活躍する文化人や芸術家が多く住む所。

マウント・アダムスの表通り。さすが文化都市といったセンスのよい店が軒を連ねている。

ダウンタウンの北のはずれ、スラムに近い場所にあるフィンドリー・マーケット。味にうるさい人は、わざわざ買い物に来る所だ。

週に2〜3回しかオープンしないフィンドリー・マーケットでは、市場がオープンする日を狙って、シンシナティー中から買い出しの人が集まる。

オハイオ川河畔の丘の上に住む、マーチ・ファミリー。代々、ボランティアで、美術館やシンフォニー・オーケストラなどへの協力をしているため、家の中も美術館のようだ。家族の中には、彫刻家、陶芸家、アート・コンサルタントなど、芸術家もたくさん生まれている。

マーチ氏の家は、第二次大戦中の建物なので、外観には自信がないが、中に入るとまるで美術館のようだ。

オハイオ川に沈む夕日を見ながらのバーベキュー。マーチ・ファミリーは、いつもこうして私をもてなしてくれる。

ファミリーの中には、陶芸家のカップルや彫刻家もいて、彼等の新作を見るのが楽しみだという。

庭造りにも力をいれている。イギリス式の庭園には、小さな噴水まで作られている。

マーチ邸のリビング・ルーム。たいていは同じような作品を2つ買って、1つは地元の美術館に寄付している。

長女のダイアナさんは、日本の陶芸の窯元の所に何年か修行にきたことがある。彼女の作品は、玄関を入ったホールに飾ってあった。

芸術とは、美術館や家の中に飾ってあるものだけだはないという。マーチ邸の台所は、丸ごと芸術作品といたスペースだった。

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