馬車と自転車だけのマッキナック島

モーター・シティーと呼ばれ、アメリカ自動車産業の中心地でもあるミシガン州で、車の乗り入れが禁止されている所ある。アッパー・ペニンシュラとロワー・ペニンシュラの間、マッキナック海峡をつなぐ世界一のつり橋、マッキナック・ブリッジの近くに浮かぶ、マッキナック島だ。近くの町に宿を取り、翌朝ボートで島へ向かった。

マッキナック島は、アメリカ合衆国の独立戦争当時、イギリス軍が五大湖の要塞として砦を築いた所。インディアンは,この島を「大きな亀の島」という意味の「ミシリマッキナック」と呼んでいたが,この地方にやってきた白人が「マッキナック島」と呼ぶようになり、今の地名となったという。

ボートが島に着くとそこはまるで別世界だ。アメリカではほとんどの船着き場には広い駐車場があり、フェリーが到着すると、船に乗ってきた人が一斉にそこに駐車してある車に乗り換えるというのが普通である。しかしこの島では駐車場はおろか、車の姿すらまるで見えない。待ち構えているのは何台もの馬車と自転車の駐輪場だけなのだ。ここに置いてある自転車はレンタル・ショップのもので、観光用に貸出しているもの。また、乗馬で島を一周する人のために馬を貸してくれる店もある。きっと車時代が来る前の古き良き時代のアメリカの港町や駅前の様子はこんなだったのだろうと想像したくなる景色だった。

まずは馬車で案内してくれるツアーで島内を一周してみることにした。十八世紀の島の町並みをそのままに残すマーケット・ストリートを抜けると、馬車は島の北側へ。別荘地や巨大なグランド・ホテルの脇を通り、島の中央へ進む。島の中央は自然のままの森がかなり残されていて、そこを過ぎると島の北側へ出る。そこには自然の風雨が作ったアーチ・ロックと呼ばれる天然の岩で出来た橋があるのだ。

再び港へ戻って、マッキナック砦で馬車から降り、今度はイギリス軍の砦の再現を見た。砦では、当時の軍服に身を包んだイギリス兵が、射撃のデモンストレーションなどをしていたが、現在、実際の警備にあたっているのは、ボーイスカウトの少年達だということだった。

馬車や自転車だけの島というので、島内に泊れる宿泊設備があるとは思わなかったのだが、実はこの島はヒューロン湖に浮かぶリゾート島だ。ミシガン州知事の公邸としての別荘があり、自家用機が発着できる飛行場まで整備されている。おまけに九ホールではあるが、素晴らしいゴルフコースもできている。そしてこのリゾート島を代表するグランド・ホテルは1887年に建てられ、アメリカ高級リゾート・ホテルを代表する格式をもつホテルなのだ。

このホテルの前の坂で,馬車による交通事故があった。下り坂を速く進み過ぎた馬車が他の馬車に衝突し、けが人まで出ている様子だ。この時、突然どこからか聞き慣れたサイレンが聞えてきた。しばらくするとサイレンに交じって車のエンジンの音。救急車、消防車など緊急用の車だけは車の乗り入れが許可されているのだ。普段は車の問題点ばかりがきになるが、緊急時の車というのはやはり頼りになる大切な道具。使い方をよく考えれば、大変便利な乗物だということをこの時改めて認識させられたような気がした。

マッキナック海峡にかかる世界最長の吊橋,マッキナック・ブリッジ。これは1957年に完成したもので全長が8060m、アッパー・ペニンシュラと呼ばれるミシガン州の半島だけではなく,さらに先でカナダへもつながるため,交通の要ともなる重要な有料橋だ。

高速フェリーもマッキナック島の港に着くときにはスピードも落ち、無事撮影に成功した。丘の上右側に見えるのがマッキナック砦。

マッキナック砦からは,18世紀の町並みがそのまま残るヒューロン・ストリートのフェリー乗り場やマーケット・ストリートが見えた。

フェリー乗り場のあるヒューロン・ストリートの船着き場では,観光用の馬車がフェリーで到着する観光客を出迎えていた。

船着き場は,18世紀の鉄道の駅や港町の様子を再現しているようだ。

船着き場から,馬を一日借り切って島内を訪ねてまわる人もいた。

アメリカ合衆国が独立宣言書を発表してイギリス軍と戦闘状態になった時,イギリス軍はミシガン湖とヒューロン湖を結ぶマッキナック海峡にあるマッキナック島に砦を築いた。北東部や南部,深南部の独立軍と戦うには,背後の五大湖地方の要衝を抑えておく必要があったからだ。今ではこの砦がマッキナック島観光の見どころのひとつになっている。

今日のマッキナック砦の警備はボーイスカウトの隊員たちが当たっている。

イギリス軍の使っていた砦の様子を再現するために,射撃の訓練を砦の広場でデモンストレーションしてくれた。

グランド・ホテルは,マッキナック島を代表するというよりも,アメリカのリゾート・ホテルを代表するといってもいいホテルだ。1887年に建てられた由緒あるこのホテルは,宿泊客以外にも,マッキナック島内観光の名所のひとつとして多くの観光客が訪れる。

入場券を受け取れば,宿泊客でなくてもホテル内を見学することができる。

アメリカのリゾート・ライフはすでに1800年代に始まっていたのだそうだ。

このホテルは,あの面倒なチップ制度を伝統的に採用していないという。

ホテルに隣接して9ホールのパブリック・ゴルフ・コースも作られている。

アッパー・ペニンシュラと呼ばれる上の半島へは、キャンピングカーのキャラバン隊に参加した時に訪れた。ミシガン湖に面したキャンプ場に夕日が沈む頃。

アッパー・ペニンシュラにある、五大湖畔のゴースト・タウン。

水運で栄えていた港町も、今ではゴースト・タウンになっていた。

水の中に残されいる木の杭が、ここがその昔五大湖を行き交う船の港だったことを物語っている。

ロワー・ペニンシュラの北側ゲイロードでは、アルペンフェストというお祭りの真っ最中。ヨーロッパではスイスのような気候のこの土地、ゲイロードでスイスなどから移住して来た人々がお祭りに興じていた。

ゲイロードのお祭りは、まるでサーカス団が町へやってきたみたいだ。メリーゴーランドやこんな乗り物も町の広場に出ていた。

ゲイロードの「ミス・アルペンフェスト」に選ばれた、地元の女の子達。この町のお祭りのメイン・イベントの一つだ。

サーカスのピエロの衣装で風船を売るアルペンフェストの女の子。

アルペンフェストのお祭りの時には、先祖伝来、大切にとってある民族衣装を着て出掛けるのだ。

ゲイロードのアルペンフェストの売店で見つけた民芸品。ミシガン州内には北欧系の人々が多く移住してきているようで、スエーデン系の人も多い。

≪≪前へ  目次  次へ≫≫