ミシガン州
五大湖の内の、ミシガン湖、スペリオル湖、ヒューロン湖、エリー湖の四つの湖に面したミシガン州は、五大湖の中の真ん中に漬かっている二つの半島からできている州だ。「アッパー・ペニンシュラ(上の半島)」と「ロワー・ペニンシュラ(下の半島)」と呼ばれる二つの半島は、世界一長いつり橋でつながれている。上の半島の方は、丘陵地帯、下の半島の方は、平坦な土地が続く。冬のイメージは、ちょうど北海道のような感じだ。
もともと馬車や自転車の生産が盛んだったミシガン州に、自動車産業が進出してきたのは、1899年のこと。1903年、ヘンリー・フォードがデトロイトに工場を建てたのが始まり。その後、一台一台つくりあげていく生産方式から、新たに大量生産方式を編み出し、1908年「T型フォード」の大成功によって、デトロイトの全米の自動車産業の中心地としての地位が確立したのだ。そしてその頃、ミシガン州が力をいれたのが教育問題。イーストン・ランシング、フリントなど各地に建てられた大学は、現在でもミシガン州民の誇りになっている。
そして現在、いわゆる「ビッグ・スリー」といわれる、ジェネラル・モーターズ、フォード、クライスラー三社の全盛期が終り、アメリカ自動車産業全体が衰退すると共に、ミシガン州全体の地位の低下に悩まされているのが現状のようだ。
「モーター・シティ」デトロイト
アメリカの自動車産業の衰退の原因は、日本の自動車産業だという考えから、デトロイト市民は激しい反日感情を持っているというニュースをちょくちょく目にしていた。二十年以上にわたって、一年の半分近くをアメリカで過ごしている私は、直接の反日感情にぶつかった事もなく、そういった様子を目にしたこともない。それで、これらのニュースはかなり誇張されて報道されているのではないかと半分は疑っていた。
それでも、久し振りにデトロイトを訪れた時に、地元で自動車関連会社を経営している知人のアメリカ人が、市内の撮影に同行してくれると聞いた時には、正直ほっとした。
いざ出発しようと、彼の家のガレージへ。そこにあったのは、フルサイズもフルサイズ、ものすごく大きくて、あちこちが金色に輝いている、あのアメリカ車を代表する高級車「キャデラック」だ。圧倒されている私に彼は、「デトロイトで自動車関係の仕事をするためには、時代に逆行しているのは承知の上でも、こういう車に乗っていなければならないのだ」という。一瞬、なんて封建的だとも思ったのだが、良く考えれば、日本で車関係の仕事をする場合でも、その相手のメーカーの車を利用するのは当たり前のことだ。ただ、この車が大きくて光っているから威圧的なだけなのだ。
そんなことを話しながらデトロイトの市内へでかけると、次々と建てられる高層ビル、再開発によって建てられたルネッサンス・センター、高架の無人鉄道「ピープル・ムーバー」など、町の衰退をくいとめるための努力のあとが、そこかしこにあった。しかし大きな問題は中心街ではなく、そのまわりにあったのだ。現在、デトロイトの一番の悩みは、町の「ドーナツ化現象」だ。
ダウンタウンを丸く囲む部分がスラム化、廃墟になってしまってかなりの年月がたつという。ほとんどの市民が郊外の住宅地に移り住み、このあたりは、かなり治安の悪い地域になってしまったのだ。しかし、郊外に住む人がダウンタウンに通勤する場合には必ずここを通らなければならない。中心街まで車で20分圏内というこの地区に、なんとか人を呼び戻そうと、空き家になっている家を、3年以上住むという条件で、1軒なんと「1ドル」で売り出す政策も始まっているのだ。
深刻な不況のなかで様々な努力をしているデトロイトを実際に車で市内をまわると、全盛時代を知っている私には、やはり寂しい感じは否めない。ただそれでも救われるのは、まわりの豊かな自然とあいまって、人々がのんびりしていて、あまり深刻さを感じさせないことだった。
五大湖に付属する湖、セントクレア湖は、デトロイト市と同じくらいの大きさ。湖に浮かぶベル・アイル島からみたデトロイトのダウンタウン。 ガランとしたドーナツ部分から、デトロイトのダウンタウンやルネッサンス・センターが見える。 エリー湖とヒューロン湖を結ぶデトロイト・リバー。この川をはさんで、カナダ領のウィンザーと向かいあっている。カナダ側から見たデトロイトのダウンタウンにそびえるルネッサンス・センターのビル群。まるで一つの都市のようなデトロイトのシンボルだ。 車の町デトロイトに登場した車にかわる未来都市の交通機関「ピープル・ムーバー」は、ダウンタウンの再開発の目玉。 大リーグ、デトロイト・タイガースの野球場も昔のままの姿で残っていた。 デトロイトにある、食料品の卸市場「イースタン・マーケット」。1892年オープンの、デトロイト市民の胃袋だ。以前に来た時よりも入荷の量が減っているような感じがした。 アメリカの各地に残されているフォックス劇場は、ハリウッド映画の全盛時代の名残り。現在でも多くの市民に利用されている。 全米でも有数の美術館として知られる、デトロイト・インストテュート・オブ・アーツ。1885年のオープン。 自動車産業全盛時代、日給5ドルという高級が評判で、多くの移民が集まったデトロイト。ギリシャ系の人が多く住む「グリーク・タウン」。 グリーク・タウンの名物料理は「ウーパー!」と大声を出して驚かしながら、皿の料理に火をつけて出してくれる、ギリシャ料理。 フォードの大量生産方式が開始されて、27年後、1935年には、UAW、自動車労連(United Auto Worker)が結成されている。 デトロイトのダウンタウンをぐるりととり囲むドーナツ状の地帯。人が住まなくなった住宅は、3年間住む条件で、一棟1ドルで売りに出している。 ドーナツ地帯を通り抜けて行く車に向かって、仕事を求めて、ひたすら立ちつくす失業者。 ビッグ・スリーのナンバー・ワンとしてアメリカ自動車業界に君臨して来たジェネラル・モーターズ(GM)の本社。デトロイトには、この他にも多数の工場や研究所がある。 フォード・モーター会社の本社は、郊外のディアボーン市にる。 デトロイト市内には工場だけを持つクライスラー社。本社は郊外の、周囲をデトロイト市に囲まれたハイランド・パーク市にある。 デトロイトの自慢できる文化の一つが名門大学の数々だ。北郊のフリントにあるミシガン大学フリント校。 デトロイト西郊のアンナーバーにある、ミシガン大学アンナーバー校。 アメリカ最初の農業学校として創設された名門校、ミシガン・ステイト・ユニバーシティは、州都ランシングの隣、イースト・ランシングにある。 アンナーバーは、アメリカでも有数の大学都市として知られる町だ。ミシガン大学は1817年にデトロイトで創立され、1837年にアンナーバーに移転してきた。 ミシガン・ステイト・ユニバーシティ、学生数は約42000人、約35000人の学生数を誇るミシガン大学と肩を並べる名門校。 郊外のブルームフィールド・ヒルズにあるクランブルック・アカデミー・オブ・アーツ、ユニークな教育方針が評判の芸術学校。 デトロイトから、デトロイト川ぞいに北上すると、途中からセント・クレア湖になる。グロスポイント地区という高級住宅地に面したこの湖は、さらにセント・クレア川でヒューロン湖につながっているのだ。 グロスポイントは、フォード系の人が多く住む町。2代目フォードの門番の建物。 トロイに出現した、ディスカウント・ストア・チェーン、Kマート本社の彫刻。 デトロイト郊外の新しいオフィススポットとして注目されているトロイ地区。 アンナーバーのドミノ・ピザの本社。この建物は、ドミノ・ファームと呼ばれ、フランクロイド・ライトの弟子の設計によるもの。