インディアナ州
インディアナ州で一番有名な都市はなんといっても首都のインディアナポリス。州の中央に位置するということで選ばれた首都は、あの「インディー500」の町だ。5月のメモリアルデーの頃に行われる「インディー500」は、アメリカの車のレースとしては、フロリダのデイトナ・ビーチのレースとともに、全世界で知られている。
北側にミシガン湖、南側にミシシッピー川の支流オハイオ川が流れる工業地帯のインディアナ州は、古くから車の生産と共に自動車レースが盛んに行われていた所。自動車産業が成功する立地条件は良かったのだが、レース用自動車の開発の方にばかり力が入り、普通自動車産業の方は、デトロイトに遅れをとっていた。
しかし、最近日本を筆頭に、世界中で小回りがきき、競争力のある車に人気が集まる時代になって、インディアナ州の伝統が生かされる事になった。日本の自動車メーカーや部品メーカーの工場をアメリカに建設するには、カーレースの伝統を持つ、この州が最適だという結論をだすところもあるのだ。
また、デトロイトで作られた車のシャシーを買って来て、キャンピングカーに仕上げる技術も全米で一番だ。最近のオート・キャンプ・ブームも手伝って、デトロイトなどからも近いサウスベンド付近は、「キャンピングカー・キャピタル」と言われるほどの盛況ぶりだ。
再開発のモデルケース、インディアナの都市
インディアナ州を始めとする中西部各州は、五大湖につながる平坦な土地が続くので、どこへいっても同じような景色を持ち、特徴がつかみにくい都市が多い。インディアナ州の州都インディアナポリスも、インディー500があるので有名ではあるが、実際は他の都市と同じで、平坦な所に作られた人工的な所、大自然の起伏に囲まれている特徴のある他の地方に比べると、たしかに面白みに欠ける面もある。なんとか町を特徴づけ、人が集まってくる所にしなければ産業誘致もうまくいかないのだ。そのためにはまず、ここに住む人々にとって魅力的な所でなければならない。特徴ある都市にするために徹底的に計算し、古くなった建物は斬新なアイディアでリニューアル、次々と新しい横顔を作りつづけている。それがインディアナポリスだ。
そのインディアナポリスの再開発の目玉は鉄道ターミナル。シカゴ、ゲイリーなどの町からの輸送の中継地点だった、ユニオン・ステーションは、車社会に変わってしまった昨今、すっかり陰が薄くなり、町の景観を損ねるただの古い駅という存在だった。1980年代、ちょうど再開発に燃えていたインディアナポリスではこの駅に目をつけ、市民の集まる場所にしようという大計画を進めることにした。古い駅舎と最新のショッピング・センターというミスマッチは大成功、現在ではサンフランシスコのチョコレート工場跡にできたギラデリ・スクエアと肩を並べられる、再開発によって生まれ変わったショッピング・センターとして全米に名前を知られる存在になったのだ。
そして、インディアナポリスといえば、インディー500。私がこの町を訪ねた時に真っ先に足を運んだのもやはり、他の観光客と同じ、インディー500のレース会場だ。世界中のカーレース・ファンが、一度は見たいと思っているインディー500は、一年前から予約しないとホテルもとれないほどの人気だ。そんな訳で、私も実際のレースは残念ながら見たことがないのだ。
レースが行われている日以外の日にレース場を訪れる人のために、バスが用意されていて、それに乗って実際のコースを走れるようになっていた。思っていたよりもずっと広く感じられるコースで、運転席のすぐ脇に陣取った私は、頭の中でのドライビングは完璧だ。コーナー前では外に膨らんで、直線に備えたアクセル準備も怠らない。気がつくと、すっかりレース・ドライバー気分になっていた。
インディアナ州を南北に貫く高速道路網は、日系の自動車メーカーの部品を運ぶための幹線道路になっている。 ワシントンD.C.を手本として作られた町、インディアナポリス。 インディアナポリスは、州政治の中心であるとともに、州経済の中心地でもある。 彼は、インディー500の、レーシングカーを先導する白バイ隊に参加するのだと自慢していた。 ここは、全米から車好きの若者が集まってくる町だ。 インディアナ州のニックネームは「フージア」。「開拓民の州」といった意味で、現在でもその開拓精神は生かされている。 州議事堂前の広場は南北戦争の陸海軍の軍人を記念したメモリアルで、インディアナポリスで働くビジネスマンの昼休みの憩いの場所だ。 インディアナポリスのビジネスマン達。 様々な生産物の集積地でもある、豊かなインディアナポリスでは、市民生活も快適なようだった。 1888年に建てられたユニオン・ステーションは、インディアナポリス再開発のシンボルとして、市の中央部、ダウンタウンの新しいショッピングモールに生まれ変わった。 鉄道全盛時代には中西部の鉄道の拠点として栄えた巨大な駅舎のメインホールは、現在はレストランに変身している。 マリリン・モンローの人気はアメリカ津々浦々まで浸透している。 1800年代の建物の中にある、1900年代終りのファッション。マッチして見えるから不思議だ。 なるべく当時の面影を残すように努力されている駅の構内。 ファースト・フードから高級レストランまで、ここにはなんでも揃っている。 インディアナ州コロンバスのコートハウス・センター。裁判所跡地の再開発だ。 ダウンタウンにできた郊外形のショッピング・モール。コートハウス。 インディアナポリス・モーター・スピードウェイのレーシングカーや先導車専用の出入り口。「インディー500」の他、ホッド・ロッドのドラッグ・レースも開催される。 5月のメモリアル・デーの前の日曜日に開催される本番のがない時は、車のテストや、練習に利用されている。 1911年から始まった「インディー500」。歴代の車やレーサー達は、ここインディアナポリスの大事な歴史だ。 インディー500のレース場内を案内してくれるバスに乗って、実際のコースを走って見たが、想像していたのよりも広く感じられたのは以外だった。 練習中でも、ピットにはピット・クルーが何人もいて、整備にに余念がない。 ここは、インデイアナポリス・モーター・スピードウェイの中にある、「ホール・オブ・フェイム・ミュージアム」。インディー500の歴史を保存し、勝者の栄光を称える殿堂だ。 レースが始まる前に、レーシングカーを先導してコースを走る先導車。 思わずレーシング・カーをさわってしまう。この子も将来はレーサーを夢見ているのだろうか。 「ホール・オブ・フェイム・ミュージアム」の展示風景。これは初めてインディアナポリス・モーター・スピードウェイを訪ねた時のもの。 インディー500初期の頃のレーサーの活躍をあらわすメモリアル。 インディー500、歴代の優勝者を表彰するトロフィー。 「殿堂」には、歴代の優勝した車が展示されている。中には地元で作られた車もある。