イリノイ州

大陸の真ん中にある都市シカゴが、どうして全米から物資が集まる一大商業都市として発展して来たのかというと、それにはそれなりの理由がある。

シカゴは、五大湖のひとつミシガン湖に面した水運に恵まれた都市。五大湖を通り抜け、セントローレンス川を抜ければかなり大きな船でも大西洋に抜けられるようになっているし、ミシガン湖から、近くを流れるイリノイ川まで掘られた運河を利用すれば、そのままミシシッピー川へつながり、ほとんどまっすぐにメキシコ湾まで南下することもできる。このように東と南の外洋につながる水路を持つシカゴは、西部、中西部一帯で生産されたコーン、大豆、畜産品を世界へ運びだす港町として発展する条件を満たしていたわけだ。そして、それらの物資を運び込む鉄道網もシカゴを中心に整備されたのである。

航空輸送の時代となった現代でも、その伝統は残されている。その証拠に、シカゴの郊外にあるオヘア空港のニックネームは「アメリカ一忙しい空港」。商業の中心としての役割はきちんと受け継いでいるのだ。

商業都市シカゴ以外のイリノイ州は、ミシシッピー川流域の、豊かな土壌を利用した、農業と畜産業の州だ。全米2位の生産量を誇るコーン畑、そしてそのコーンを飼料に育てられた牛の肉は、「コーン・フェッド・ビーフ」として、世界的にも有名だ。

交通と建築の町、シカゴ

長年、ニューヨークに次ぐアメリカ第二の都市として君臨して来たシカゴは、1970年代のオイルショックを境に、その勢いが衰え始めた。企業の多くが、暖房そのほか経費のかからない南の方へ本拠地を移し始めたからだ。その結果、ニューヨークとの差は広がるばかり、第二の都市の地位も西海岸のロサンゼルスに明け渡してしまうことになったのだ。肉牛の生産も他の土地におされぎみで、町中にあった屠殺場なども最盛期の何分の一かになってしまった。なんとなく寂しい雰囲気を盛り上げるために、市をあげてのパレードなども行われ、昔の活気を取り戻そうと必死の努力を続けている。

もっとも、伝統のある大都市としてのプライドは捨ててはいない。1871年に発生したシカゴ大火で、市内の建物のほとんどが焼失したシカゴでは、再建のために、空前の建築ブームがおこった。アメリカ中から、優秀な建築家が集まり耐火建築の努力が続けられ、近代都市建築の基礎が作られることになったのだ。「シカゴ派」と呼ばれる建築家が作った建築物は、現在もマンハッタンと見紛うばかりの迫力を持つ高層ビル群として受け継がれ、シカゴを訪れる人々を出迎えている。

ミシガン湖畔に建ち並ぶこれらの高層ビルは、経済、文化面でだいぶ水を開けられたニューヨークやロサンゼルスに対するライバル意識を現す手段でもあるようだ。その姿はまるで、他の都市より一階でも、一メートルでも高いビルを建てて、シカゴの実力を誇示しているように見える。

建築の町であると同時に、古くから交通の都市でもあるシカゴでは、東京の銀座ほどの高層ビル群の中を、名物電車が走っている。山手線のようにぐるりと一周する高架鉄道の「ループ」だ。一時はこの電車も古くなり、高架の線路から落ちてしまったニュースも聞かれたが、最近は線路も補強され、車体も新しいステンレス製になった。交通の町としての面目躍如の電車なのだ。

「交通の町」シカゴは、同時に「交通問題の町」としても有名だ。ダウンタウンの脇を抜ける高速道路、ケネディー・エクスプレスウェイの朝夕のラッシュアワーは、ニューヨークのトンネルや橋へ向かう混雑に匹敵するし、交通事故の数ではこちらが勝っているかもしれない。事故を少なくするため、シカゴ側でいろいろ対策を考えた結果、生まれたのが通勤用のボート。車が渋滞する部分は、市内を抜ける川を走るボートを利用し、その先から郊外へ伸びる電車に乗り継げるシステムになっているのだ。もともと水上交通や水上運輸が栄えていた土地柄なので、この方法は、一般市民にもごく自然に受け入れられて、現在では市民の重要な足となっているようだ。

ミシガン湖に面したグラント・パークを囲むようにシカゴのオフィス街や高層アパートが見える。右手前のシカゴ・ヨット・クラブがあるシカゴ・ハーバーを通勤用の駐艇場に使うビジネスマンもいる。

ミシガン湖から市街地に入ってくるシカゴ・リバーは、ダウンタウンのオフィス街の周りを抜け、ミシシッピー川へつながる運河へ続いている。たくさんの大通りがこの運河を渡っているので、この川には、いくつもの開閉式の橋がつくられている。世界最高層のシアーズ・タワーの上の方は、雲の陰に隠れて見えないこともある。

東側はミシガン湖、西側には大平原というシカゴは、西側の郊外と、湖畔ぞいへの都市化が進んでいる。

ミシガン湖畔ぞいに北に伸びるレイク・ショア・ドライブという高速道路は、オフィス街、高級アパート街、郊外の高級住宅街をつなぐ。

シカゴ・リバーの脇に建つマリーナ・シティの2棟のビルは、この地方特産のコーンそっくり。シアーズ・タワー、ハーバー・ポイント・タワー、ジョン・ハンコック・ビルなどと共に、シカゴを代表する建築物だ。1963年の建築。

モダンな高層ビルによくにあうユニークな彫刻。シカゴのデイリー・プラザを飾るピカソの巨大な作品。

マリーナ・シティはバートランド・ゴールドバーグという建築家の設計だ。

シカゴ派のウォール・ペインティング。

シカゴのダウンタウンでは、高層ビルがひしめきあうように建っている。1920年代に作られた町並み。

ミシガン湖畔ぞいの北側は、高級な住宅地。その一部にはユダヤ系の人々の住む住宅地もある。彼等の通うユダヤ教の教会は、日系人の建築家で人気のミノル・ヤマサキの設計だ。

サウス・サイドと呼ばれる南側へ行く途中で見つけた、アル・カポネの事務所があった建物。

市民の憩いの場、グラント・パークの中央にある、シカゴ市民のシンボル的存在のバッキンガム・ファウンテン。

豊かな水が自慢のシカゴ市民は水が大好きだ。ホテルのロビーにも大きな噴水がつくられていた。シカゴ・ハイヤット・ホテル。

ダウンタウンの8ブロック四方を高架で一回りしている、「ループ」と呼ばれるラピッド・トランジット・システム。

水運の町シカゴでは、大きな船がシカゴ・リバーを通るたびに、いくつもの橋が跳ね上がり、陸上の交通をストップさせてしまう。ミシガン・アベニュで。

ミシガン湖畔と並行して南北に走るミシガンアベニュは、シカゴの目抜き通りだ。

シカゴ・リバーを渡って、ミシガン・アベニュを北に行くと、1871年のシカゴ大火の前、1869年に建てられたウォーター・タワーが残っている。

海軍の桟橋ネイビー・ピアは、現在シカゴ市が管理する公園になっている。ここはミシガン湖ごしにシカゴの高層ビル群を一望できる観光名所。

ミシガン・アベニュとシカゴ・リバーのぶつかる所、リグレー・ビルの脇には、陸上の交通ラッシュを逃れて、朝夕、ボート通勤をするビジネス・マンの姿を見ることができる。

ミシガン・アベニュの橋。

鉄道の中心地として栄えていたシカゴ。

地下鉄網、バス路線網も、シカゴのビジネスマンの足。

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